修行智仁
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | シュウギョウ トモヒト | |||||
| ラテン文字 | SHUGYO Tomohito | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1984年6月29日(41歳) | |||||
| 出身地 | 大阪府大阪市 | |||||
| 身長 | 182cm | |||||
| 体重 | 74kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | GK | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2008 | ガイナーレ鳥取 | 3 | (0) | |||
| 2009-2014 | FC町田ゼルビア | 109 | (0) | |||
| 2015-2018 | 大分トリニータ | 13 | (0) | |||
| 2019-2024 | FC今治 | 89 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月30日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
修行 智仁(しゅうぎょう ともひと、1984年6月29日 - )は、大阪府大阪市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー。マネジメント会社はジャパン・スポーツ・マーケティング[1]。
立命館大学から、2007年にJFLのガイナーレ鳥取に入団。2年目の2008年に公式戦デビューを飾るものの、井上敦史からポジションを奪えずリーグ戦3試合の出場に留まった。
2009年より同じJFLのFC町田ゼルビアへ移籍。同年は正GKとしてリーグ戦30試合に出場した。背番号を1に変えた2010年は、アビスパ福岡から加入した吉田宗弘にレギュラーを奪われる形となった。2011年は序盤こそ吉田から定位置を奪還したものの、8月27日の東京都サッカートーナメント(東京都天皇杯予選)の専修大学戦で全治4ヶ月の重傷を負った[2]。その後大分トリニータより石田良輔が緊急加入したため、選手枠の都合で9月16日付で選手登録抹消となった[3]。2012年も開幕当初は新加入の相澤貴志の控えだったが、4月15日の栃木SC戦でJリーグ初出場を果たした。以降は定位置を奪取したが、チームはシーズン最下位となり1年でJFLに降格となった。JFLでは相澤に再びレギュラーを奪われ、2014年より発足したJ3でも、新加入の高原寿康とのポジション争いを強いられた。
2015年、J2・大分トリニータへ完全移籍[4]。初年度は武田洋平の控えに甘んじてリーグ戦1試合と天皇杯2試合の出場に終わった。チームの降格に伴い自身2年ぶりのJ3となった2016年は背番号を1に変更。開幕当初は上福元直人の控えだったが、8月7日の第20節・福島ユナイテッドFC戦でスタメン出場を果たすと、以降最終節まで11試合連続で先発出場。出場した試合では10勝1分1敗、内8試合が無失点と守備の安定をもたらし、大分のJ3優勝及び1年でのJ2復帰に貢献した。
J2復帰後の2017年・2018年の2年間は天皇杯2試合の出場に留まったが、試合に出られない選手に対してはトレーニング中に「腐っている時間がどれだけ無駄な時間を過ごすことになるのか」と説いたり[5]、食事に誘い、他愛の無い話をして心を解きほぐしたり[5]とチームのメンタルリーダーの役を担った[6]。J1昇格を決めた2018年シーズン終了後、「選手として僕が大分でやれる事はもうありません」というコメントと共に契約満了が発表され、大分を退団した[7]。
2019年より、当時JFL所属のFC今治に移籍[8]。 今治では出場機会を得た。 2020年シーズはスタメン出場を続けたが、8月9日の藤枝MYFC戦で負傷。右足長内転筋筋腱移行部部分損傷で全治3~4週間程度の診断が下された[9]が回復し、シーズン中に復帰を果たしている。
2024年11月28日、現役引退を発表した[10]。
2025年からは、FC今治のGKコーチを務める[11]。
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006 | 立命館大 | 1 | - | - | - | 3 | 0 | 3 | 0 | ||
| 2007 | 鳥取 | 21 | JFL | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | |
| 2008 | 3 | 0 | - | 0 | 0 | 3 | 0 | ||||
| 2009 | 町田 | 30 | 30 | 0 | - | - | 30 | 0 | |||
| 2010 | 1 | 9 | 0 | - | 1 | 0 | 10 | 0 | |||
| 2011 | 10 | 0 | - | 0 | 0 | 10 | 0 | ||||
| 2012 | J2 | 34 | 0 | - | 2 | 0 | 36 | 0 | |||
| 2013 | JFL | 3 | 0 | - | - | 3 | 0 | ||||
| 2014 | J3 | 23 | 0 | - | - | 23 | 0 | ||||
| 2015 | 大分 | 22 | J2 | 1 | 0 | - | 2 | 0 | 3 | 0 | |
| 2016 | 1 | J3 | 12 | 0 | - | 1 | 0 | 13 | 0 | ||
| 2017 | J2 | 0 | 0 | - | 2 | 0 | 2 | 0 | |||
| 2018 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | ||||
| 2019 | 今治 | JFL | 27 | 0 | - | - | 27 | 1 | |||
| 2020 | J3 | 29 | 0 | - | - | 29 | 0 | ||||
| 2021 | 25 | 0 | - | 1 | 0 | 26 | 0 | ||||
| 2022 | 6 | 0 | - | 0 | 0 | 6 | 0 | ||||
| 2023 | 2 | 0 | - | 0 | 0 | 2 | 0 | ||||
| 2024 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 通算 | 日本 | J2 | 35 | 0 | - | 6 | 0 | 41 | 0 | ||
| 日本 | J3 | 97 | 0 | - | 2 | 0 | 99 | 0 | |||
| 日本 | JFL | 82 | 0 | - | 1 | 0 | 83 | 0 | |||
| 日本 | 他 | - | - | 3 | 0 | 3 | 0 | ||||
| 総通算 | 214 | 0 | 0 | 0 | 12 | 0 | 226 | 0 | |||