初恋 (村下孝蔵の曲)
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| 「初恋」 | |||||||||||||
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| 村下孝蔵 の シングル | |||||||||||||
| 初出アルバム『初恋〜浅き夢みし〜』 | |||||||||||||
| B面 | 丘の上から | ||||||||||||
| リリース | |||||||||||||
| 規格 | シングルレコード | ||||||||||||
| 録音 | |||||||||||||
| ジャンル | フォークソング | ||||||||||||
| 時間 | |||||||||||||
| レーベル | CBSソニー | ||||||||||||
| 作詞・作曲 | 村下孝蔵 | ||||||||||||
| ゴールドディスク | |||||||||||||
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| チャート最高順位 | |||||||||||||
| 村下孝蔵 シングル 年表 | |||||||||||||
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「初恋」(はつこい)は、村下孝蔵の楽曲[1][2][3]。1983年2月25日にCBSソニーよりシングルが発売された。村下の代表曲で[4][5]、昭和を代表する大ヒット曲の一つ[6]。
村下のデビュー4年目、5枚目のシングルとして発売された。あわせて、同年発売のアルバム『初恋〜浅き夢みし〜』の1曲目(アルバム・バーション)に収録されている。
表題曲の「初恋」は、ライブやコンサートでは必ず締めの曲に使用していたほか、テレビ番組に出演する際も晩年までこの曲で披露し続けた。没後の1999年(平成11年)7月3日に開かれた「お別れの会」[注釈 1]において、「初恋」の末尾の部分のコーラスを、村下の生前の歌声に合わせて会場の観客たちが歌唱し、村下の冥福を祈った。この時の歌唱は録音され、アルバム『同窓會』の1曲目に収録された疑似メドレー「心の切り絵」の最終曲として使われた[注釈 2]。
村下の故郷である熊本県水俣市の商店街「ふれあい一番街」に、「初恋」の歌碑が2013年に建立された。さらに商店街ストリートの名称も「初恋通り」に改名された[7][8]。
2026年、テレビアニメ『ガンバレ!中村くん!!』第1話エンディングテーマに「初恋」が起用された[9]。
制作
初恋
- 楽曲制作の経緯を村下自身が述べたことはないが、「初恋」をテーマとして選んだのは音楽プロデューサーの須藤晃で[7]、須藤が島崎藤村の詩「初恋」の話を村下にし、二人で少年時代に好きだった子の話をしながら、具体的なキーワードを選び出し、村下が歌詞に落とし込んでいった[7]。須藤は当時ソニーでデビューが決まり、田舎っぽいおかっぱ頭にセーラー服姿で会社を訪れた三田寛子をイメージして、歌詞を放課後の風景に書き直してもらった、と証言している[10]。三田自身もこの楽曲を歌っており、村下盤の2か月後にカバー・シングルをリリースしている[11]。
- 「放課後の校庭を走る君を、遠くから探し続けている僕」誰もが身に覚えがあるような情景を描く歌詞は、村下と須藤の共同作業で練り上げられた[1][7]。村下は作詞より作曲を先行するタイプのソングライター[1]。まずは村下がギター演奏だけのデモテープを作り、須藤とのやりとりで、歌詞を煮詰めていくスタイル[1]。須藤は「昭和歌謡のイメージにしたい、と少年時代に好きだった子の話をさんざんした。いくつものキーワードが出て、それを頼りに『初恋』の世界観を作り出した」と述べている[1][7]。デモテープに残る初期の歌詞には「君が笑う、走る姿、今でも焼き付いて」があり[1]、作り込む過程で抽象的な表現を具体的な場面に変更し[1]、多くの人の心をとらえた詩が生まれた[1]。村下のアマチュア時代から親交の深かった西田篤史は「ピーターパンのような純真な心を持った人だった。そんな彼が歌った『初恋』だから、多くの人の心に響いたんでしょう」述べている[1]。
- 編曲の水谷公生は「初めはバラード調の重い印象の曲でした。もう『フォークにこだわらなくていいんじゃないか』と、ポップな曲に変えることになったんです」などと述べている[1][7]。吉田拓郎らを生んだ広島フォークシーンからプロデビューして3年[1]。前年にリリースした「ゆうこ」がロングヒットを記録していたものの、スタッフからは「次が売れないと」と焦りの声が出ていたといわれる[1]。水谷は1980年に軽快なテンポで世界を席巻したシーナ・イーストンのデビュー曲「モダン・ガール(Modern Girl)」を意識し[1]、ユーロビート風にアップテンポな曲調に変えた[1]。また膨らみのある村下の声をライトに聴かせるための仕掛けとして、バリピッチという再生速度を変えられる機械で、僅かにピッチとテンポを上げた[1][7]。水谷は「文学で言えば推敲のような作業。結果、疾走感が増して青春の一コマを歌い上げるのにふさわしい曲になったと思います」と述べている[1]。
- 「校庭」という歌詞は、村下が広島での苦難時代に娘とよく遊んだ安佐南区八木の広島市立梅林小学校で思いついたとされる[12]。村下の楽曲は「初恋」を始め、多くが広島の八木居住時に着想したものといわれる[13]。
- 村下バンドのギタリストだった経田康は、息継ぎが難しい曲だと語っている[14]。
- 最後のフェードアウト部分は、ライブでは繰り返す回数を抑え、その後に独自アレンジの後奏をつけて終わらせていた(メモリアルコンサートでも同じ)。
丘の上から
- デビュー前に作られた自主制作盤『それぞれの風』に収録された楽曲をアレンジしたもので、元はエレキギターやドラムス、コーラスの比重が高く、テンポもゆっくりであった。さらに歌が終わった後に3分近くもの長い後奏が入っていた。それを、シングル収録にあたってエレキギター類を控えめにし、後奏を大幅に省いて新たにレコーディングされた。
ディスクジャケット
評論
記録
オリコン調べでは、シングルは52.6万枚を売り上げ、村下のシングルとしては最大の売上となった曲である。
TBS系『ザ・ベストテン』では、1983年4月28日に20位に浮上し、6月16日に10位にベストテン入りして8月11日まで計6週間ベストテン入りした。当時の村下は肝臓病の治療専念中により、同番組には一度も出演は叶わなかった[4]。しかしロングヒットとなり、この年の年間ランキングで6位になった。年間ベストテンで村下は、司会の久米宏・黒柳徹子に対して喜びと感謝のメッセージ録音を送り、これが放送された。なお、村下孝蔵としての唯一のランクイン曲となった。
2005年にNHKが実施した「スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜」において、白組100位にランクインした。