玉置浩二
日本のシンガーソングライター
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玉置 浩二(たまき こうじ、1958年9月13日[1] - )は日本のシンガーソングライター[2][3]。
| 玉置 浩二 | |
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| 出生名 | 玉置 浩二 |
| 生誕 | 1958年9月13日(68歳)[1] |
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| 事務所 | SALTMODERATE |
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| 公式サイト | 自主レーベル「Saltmoderate」公式サイト |
1958年、北海道に生まれ[1]、幼少期から歌手を志す[4][5]。中学時代の同級生・武沢豊との出会いを契機に[6][7]、バンド『安全地帯』を結成[8]。上京後[9]、井上陽水のバックバンドを経て[10]、1982年にバンド『安全地帯』としてメジャーデビュー[11]。ソングライターとして業界内での注目を集めた後[12]、自身の作曲した安全地帯「ワインレッドの心」がオリコン1位を記録[13]。1986年より俳優業にも進出している[14]。
1987年、シングル「All I Do」でソロデビュー[15]。1993年のアルバム『カリント工場の煙突の上に』で作風が変化し[16]、1996年のシングル「田園」でミリオンセラーを記録、自身最大のヒット曲となった[17]。アルバム『JUNK LAND』発売を最後に東京を離れ[18]、1998年から軽井沢へ移住[19]。2005年に東京へ拠点を戻す[20]。2015年からフルオーケストラ公演を開始[21]、以降代表的な公演シリーズへ発展していった[22]。2017年にはソロデビュー30周年、安全地帯デビュー35周年を迎えた[23]。
2012年の時点で、他アーティストへの楽曲提供は約160曲に及ぶ[24]。またマーティン製のアコースティックギターを多数所有している[25]。
来歴
出生・小学生時代 (1958年 - 1971年)
1958年、北海道旭川市神居町で、市役所に勤務する父・一志(いちし)、母・房子、兄・一芳、姉・美智子の5人家族の末っ子として生まれる[1]。父方の曽祖父は、1895年に和歌山県から北海道雨竜郡一已村(現・深川市一已町)に屯田兵として入植した家系である[26]。浩二は市営住宅で幼少時代を過ごす[1]。
母方の祖母・"長谷部とよ"の歌う民謡から影響を受け[1]、3才の頃には民謡を歌うようになり[27]、この頃から歌手を志す[4][5]。小学校低学年の頃には沢田研二や西郷輝彦の歌を特に好み、バス旅行中の片道2時間、往復で歌い続けるなどの逸話を残す[28]。
中学生時代・武沢豊との出会い (1971年 - 1973年)
旭川市立神居中学校に入学後[6]、玉置自身はグループ・サウンズの流れのある歌謡曲を聴いていたが[29]、その一方で、複数の友人と歌のハーモニーで遊ぶようになる[30]。トワ・エ・モワが好きな友人とであればトワ・エ・モワを、矢沢永吉ファンの友人とならロックンロールといった具合に[6]、特定のジャンルにとらわれず音楽に取り組んだ[30]。しかし学業としての音楽の成績はふるわず、譜面読みや縦笛の演奏、ベートーベンが何年に生まれたといった暗記も不得手だった[31]。
1972年[32]、中学2年生の頃に中古品のクラシック・ギターを入手するが、フォークギター用のスチール弦が張られていたため、ネックが反りチューニングも合わず、自分にはできないと思い込み、一度はギターを断念する[7]。転校してきた同級生で、ギターを得意としていた武沢豊を誘い[6][7]、その他数人の友人と共に同年夏[33]、バンド「インベーダー」を結成[6]。自身の作詞作曲による楽曲で[33]、ヤマハのコンクール「ライトミュージック・コンテスト」に出場し[7]、中学3年の初頭までに数回コンテストに出場[33][29]。
バンド『安全地帯』結成・共同生活の開始 (1973年 - 1981年)
1973年、バンド「インベーダー」は武沢豊の兄、武沢俊也[32]のメンバー加入をきっかけに改名[8]。当時ベースを担当していた進藤(進藤雅仁 [32]もしくは進藤雅人[34])の命名により[34]、ロックバンド『安全地帯』となる[8]。初代ドラマーは実兄の一芳だった[35]。
高校入学後、更にバンド活動へ傾倒した[36]。玉置の父に対して高校の担任教師は、玉置は音楽の道に進むべきだが、高校を中退するにしろ1年間だけは通学すべきとすすめられ、その通りに1年間の後、高校を退学した[36]。1977年頃から旭川市永山の廃屋をスタジオへ改装、安全地帯のメンバーと3年間の共同生活を開始[37]。ロックは演奏するが、飲酒も女性もドラッグにも手を出さない真面目なバンド生活となる[38]。
井上陽水との出会い・安全地帯デビュー (1981年 - 1983年)
1981年7月、北海道での井上陽水とのセッションを経て[10]翌月上京、東京でメンバーと共に合宿を開始[9]。9月から翌年1月まで、井上陽水のコンサートツアーにバックバンドとして同行し[10]、主にコーラスとギターを担当[39]。バックバンドとしての活動と、メジャーデビューへのレコーディングを同時並行で行い[9]、1982年2月25日に、Kitty Recordsより「萠黄色のスナップ」でメジャー・デビュー[11]。
安全地帯としてのライブハウスツアーを開始後[40]、ソングライターとして業界内の注目を集め[12]、岩崎宏美、高橋真梨子をはじめ、200曲程度を提供した[11]。しかし、自身のバンド「安全地帯」への注目度は高くなく[11]、井上陽水からの作曲提供をプロデューサーの星勝より打診される[41]。しかし、「曲は俺が作る。それができないんならバンドを辞めて北海道に帰ります」と返答し、与えられた1週間の猶予のなかで自室にこもり、歌謡曲的で売れそうな曲を作曲[41]。これらが後に「ワインレッドの心」「恋の予感」「碧い瞳のエリス」「プルシアンブルーの肖像」となる[42]。また星勝によればこのとき「真夜中すぎの恋」も作曲していたという[43]。
「ワインレッドの心」のヒット ・俳優業への進出 (1984年 - 1986年)
1984年3月、「ワインレッドの心」がオリコンチャートの1位を記録[13]、70万枚を超えるセールスとなる[44]。以降、玉置浩二は「井上陽水のバックを務めていた実力派」で「ロマンチックなメロディを特徴とするグループ」安全地帯の中心人物として知られていく[45]。武道館コンサートや香港公演、紅白歌合戦への出場など音楽活動が充実する一方で[46]、服装や髪型などヴィジュアル面でのプロデュースも全く変わり「このまま行って大丈夫か?」と感じたという[47]。私生活も激変し、他人から指を差されるので電車にも乗れず、好きなところにも行けず、仕事が終わると部屋に帰るだけの生活となり、一度目の離婚を経験した[48]。
1986年、松井五郎の原案による映画『プルシアンブルーの肖像』で主演を務める[14]。これを契機に、映画・ドラマでの活躍が増えていく[14]。
ソロデビュー・安全地帯活動休止 (1987年 - 1992年)
1987年に、安全地帯の活動と並行してソロ作品の制作の為、ロンドン・ロサンゼルスへ渡る[15]。同年7月にシングル「All I Do」でソロ・デビュー[15]。8月に同名のアルバム『All I Do』をリリースした[15]。このアルバムにおいては、ヴィニー・カリウタやクリス・キャメロンといった海外の一流ミュージシャンの演奏をバックに、玉置が歌を聴かせるというものだった[15]。ソロ活動中も安全地帯メンバーとのチームワークは良好であり、ソロツアー後には再度安全地帯の制作・リリースを行った[49]。この頃から打ち込みによる制作が始まるが、徐々に抵抗を覚える[50]。また安全地帯が大きなプロジェクトとなったことに伴い、玉置自身の意見が通りづらくなるジレンマに直面する[50]。1988年夏に安全地帯としての活動を一時休止[51]。1989年はソロとしてシングル4枚をリリース。同時に積極的に俳優業もこなすようになる[51]。
1990年に、安全地帯はレコーディング1曲のために集まったはずだったが、玉置による「原点に戻ろう」という提唱のもと、アルバム『安全地帯VII〜夢の都』のレコーディングに突入[52]。本来この夏は玉置浩二のソロライブツアーの予定だったが、安全地帯のツアーとして切り替えられる[53]。
1991年の『安全地帯VIII〜太陽』発売に向けて、キティから独立して事務所「Musical Farmer's Production(ミュージカル・ファーマーズ)」を設立した[54]。しかし、それまでは何でも言うことが通っていたが[54]、バブル崩壊に伴い、玉置の思い通りには物事が進まなくなっていく[55]。また、打ち込みによる楽曲制作が主流となっていく時流に抵抗を覚え[55]、北海道に戻り純粋に音楽を追求したいと考えるようになった[56]。一方で安全地帯の他のメンバーは、家族と一緒に東京で暮らしており、簡単にそれには従えなかった[56]。
1992年、10周年を記念した安全地帯のアコースティック・ツアーを最後に、メンバーの結束は崩壊した[57]。
アルバム『あこがれ』以降 ・「田園」のリリース(1993年 - 1997年)
1993年に、須藤晃を作詞に迎え[58]、ソロアルバム『あこがれ』を発売[59]。この時期、事務所トラブル、バンドとしての一体感の喪失などから[60]疲弊し、家に帰らない、人が嫌いになるといった状態になり、精神病院に入院する[61]。本来は数ヶ月の入院を勧められたが、投薬治療による長時間の睡眠に嫌気が差し、3日で脱走した[62]。その後半年間は北海道の実家で静養、同郷の友人との交流もあり、徐々に精神を回復させた[62]。
また、『あこがれ』制作の頃から[63]、レコード会社のリリース計画とは無関係なレコーディングを実験的に開始[64]。安全地帯で行っていたデジタルな制作方法とは正反対の人力を主とした制作であり[65][66]、ドラム・ベース・ギターの演奏は全て玉置自身で行った[67]。その後、レコード会社間の話し合いによりSony Recordsへの移籍が決定した[67]。レコーディングしたもののなかから曲をピックアップし、須藤晃との協力で詞を完成させた[63]。そしてアルバム『あこがれ』の発売から半年後、Sony Records移籍第1弾のアルバム『カリント工場の煙突の上に』を発売する[63]。精神病院での入院経験や[68]、幼少期に経験した友人の溺死事故等[16]、苦悩とトラウマを音楽に昇華させた作品であり[68]、この作品で作風が完全に変化したと本人は回顧している[16]。
1994年、アルバム『LOVE SONG BLUE』を発売[69]。連動して展開したライブツアー「正義の味方ツアー」にて、キーボーディストとして参加し、後に妻となる安藤さと子と出会う[69]。
1996年、シングル「田園」がオリコンチャート最高2位を記録[17]。玉置にとって初のミリオンセラーとなり、自身最大のヒット曲となる[17]。同作を収録したアルバム『CAFE JAPAN』をリリースと同時に、全国42カ所45公演のライブツアーを開始[70]。ツアー中の11月29日に憩室炎を発症[70]、ステージ終了後に半月入院し[70]、生き方と生活環境をかえる契機となる[71]。1997年、アルバム『JUNK LAND』発売を最後に東京を離れる[18]。
軽井沢移住・安全地帯の復活と休止(1998年 - 2003年)
1998年2月2日、ウッドストック軽井沢レコーディングスタジオを訪れ[72]、気に入ったため軽井沢町へ移住[19]。6月に薬師丸ひろ子と離婚[73]、12月に安藤さと子と結婚[73]。軽井沢ではマンションを借り、後に家を建てた。
この時期には1998年5月の『GRAND LOVE』から、『ワインレッドの心 』『ニセモノ』を経て2001年3月の『スペード』に至る4枚が発売されている[74]。
2001年の夏より、安全地帯復活の準備を始める[75]。2002年1月から2月にかけて、ソロ活動の集大成となるライブツアー「ACOUSTIC SPECIAL NIGHT」を行いつつ、バンド再開の準備を進めていった[76]。7月には安全地帯復活の記者会見を行い、8月には『安全地帯IX』を発売した[76]。2003年の安全地帯のアルバム『安全地帯X〜雨のち晴れ〜』レコーディング中に憩室炎が再発し、7月から8月にかけて入院、腸を30センチ切除する手術を受ける[77]。原因は過度の飲酒だったという[78]。同アルバムに連動したライブツアーの後、玉置本人が「なにかぎくしゃくした[79]」「なにかが終わった[80]」感覚をおぼえ、安全地帯の活動を休止させる[80]。
ソロ活動再開と休止・安全地帯再開準備(2004年 - 2009年)
2004年2月、金子洋明事務所内におかれていた個人事務所「アンクルオニオン」を独立させる[81]。6月、ソロ活動復帰第1弾シングル『しあわせのランプ』を発表[82]。7月から3ヶ月間のライブツアーでは小規模な会場を中心に全国29カ所で公演し、岡崎倫典と安藤さと子がサポートで加わった[83][84]。7月7日には玉置が作曲・バックコーラスとして加わったMISIA『名前のない空を見上げて』の発売と、同日のMISIAのバースデーライブに花束を持って登場した[84]。
2005年2月発売のアルバム『今日というこの日を生きていこう』では、作詞を松井五郎が担当した[85]。ソロアルバムで松井と組むのは、1987年『All I Do』以来となる[86]。また、前半部分が軽井沢のウッドストックスタジオ、後半部分が東京のソニー・ミュージック・スタジオでレコーディングされており[87]、玉置が過渡期を迎えたことを示す作品である、と志田歩は評している[88]。10月から放送されたテレビドラマ『あいのうた』にて、菅野美穂ととともに主演[89]。この3ヶ月間の撮影に対応するため、東京にマンションを借りる[20]。それをきっかけに、そのままアルバム『PRESENT』レコーディングにむけて、活動拠点を東京に移す[20]。このアルバム制作においては従来と異なり、演奏やミキシングで他者のセンスを導入[90]、2006年4月に『PRESENT』は発売された[91]。
こうしたリリースの一方、2005年頃より、それまで玉置は次から次へと曲が浮かんできたものが、全く浮かばなくなり、絞り出すように作曲をするようになる[78]。軽井沢在住時代においては「人としていいことしよう」と考え、赤い羽根募金への寄付や、環境に優しい洗剤を使ったりしていたが、詞も書けず曲もできず、精神的に病んでしまったという[92]。
2007年、ソロアルバム『惑星』を発売し、同作を冠したライブツアーの終了後、妻でもあり事務所代表でもあった安藤さと子と離婚[93]。2008年、体調不良の療養のため活動休止を発表[93]。2009年には事務所移転、ファンクラブも一時中止となった[94]。同年には女優の石原真理子との復縁・破局などで多くメディアに取り上げられた[95]。同年9月から安全地帯の活動再開に向け、旭川時代同様の合宿生活を再開させる[96]。
安全地帯活動再開・ソロ活動との並行 (2010年 - 2016年)
2010年1月、安全地帯として約6年ぶりの活動再開を発表した[97]。3月、活動再開後初のシングル「蒼いバラ/ワインレッドの心(2010ヴァージョン)」を発売[98]。同年5月にアルバム『安全地帯XI ☆Starts☆「またね…。」』を発売[99]、引き続き7月から全国ツアーを行うが[100]。9月の福岡公演において、玉置の過労による体調不良によってライブが中断した[101]。その一方で7月には、女優の青田典子と結婚した[102]。
2012年、安全地帯はSony Musicへ移籍し、同社内に「塩分控えめ」を意味する自主レーベル「SALTMODERATE」を設立した[103]。同発表では、安全地帯名義と玉置のソロ名義の双方で活動を行うことが示された[104]。2013年10月から放送されたドラマ『東京バンドワゴン〜下町大家族物語』(日本テレビ系)で、8年ぶりに連続ドラマへ出演した[105]。同作で亀梨和也とのユニット「堀田家BAND」名義で発表した主題歌「サヨナラ☆ありがとう」は、オリコン週間シングルランキングで1位を獲得[106]。安全地帯「悲しみにさよなら」以来28年2か月ぶりのシングル首位となった[107]。同年、德永英明のライブツアー「Hideaki Tokunaga Concert Tour 2013 “STATEMENT”」最終日の名古屋センチュリーホール公演にサプライズゲストとして出演した[108]。2014年3月、7年ぶりのオリジナル・ソロアルバム『GOLD』を発売した[109]。12月には、尾崎豊や藤圭子らの楽曲を取り上げたカバーアルバム『群像の星 〜GREAT STARS〜』を発表した[110]。
2015年2月には、NHK BSプレミアムで初の冠番組『玉置浩二ショー』が放送された[111]。同年には、自身初のフルオーケストラ公演「billboard classics 玉置浩二 プレミアム・シンフォニック・コンサート2015」を開始し、全国7都市で開催した[112]。このオーケストラ公演は翌2016年にも継続され、以後の玉置の代表的な公演シリーズへ発展していった[113]。
2016年5月、憩室炎のため入院し、予定されていた5公演の中止が発表[114]、同月に退院した[115]。6月に活動を再開し、「一生禁酒」を宣言した[116]。
ソロデビュー30周年・オーケストラ公演の展開(2017年 - )
2017年、安全地帯のデビュー35周年と玉置のソロデビュー30周年を記念し、両者のオールタイム・ベスト・アルバムの発売[117]、玉置のソロ全国ツアーの開催が発表された[118]。オーケストラ公演「KOJI TAMAKI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2017 - THE GRAND RENAISSANCE -」も開催された[119]。5月25日には、NHK総合『SONGS』に約2年ぶりに出演し、番組のために用意した2つのスペシャル・メドレーを披露した[120]。5月31日には、安全地帯として2013年以来4年ぶりとなるツアーの開催が発表された[121]。
2018年から2019年にかけても、玉置はオーケストラ公演とソロツアーを継続した[122]。2019年11月には、安全地帯として阪神甲子園球場で「安全地帯 IN 甲子園球場 “さよならゲーム”」を開催し、約3万8000人を動員した[123]。
2020年12月23日、6年ぶりのアルバム『Chocolate cosmos』を発売した[124]。12月31日には、『第71回NHK紅白歌合戦』に特別企画で出演し、「田園」をオーケストラとの共演で披露した[125]。
2021年には、前年に新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となっていたオーケストラ公演シリーズを再開し、全国7都市8公演のツアー「THE EURASIAN RENAISSANCE “КАПЕЛЬ”(カペーリ)」を開催した[126]。同年のツアーファイナルは、2015年から続くオーケストラ公演の集大成と位置づけられた[127]。2023年には、オーケストラ公演「LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT 2023 “Navigatoria”」を全国10都市18公演で開催し、当時過去最大規模のシンフォニックツアーとなった[128][129]。
2025年には、玉置とbillboard classicsによるオーケストラ公演がシリーズ10周年を迎え、「LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT 2025 “ODE TO JOY”」が全国15都市26公演で開催された[130]。10月には、新曲「ファンファーレ」がTBS系日曜劇場『ザ・ロイヤルファミリー』の主題歌に決定[131]、同月13日に先行配信された[131]。同曲は、オリコン週間デジタルシングル(単曲)ランキングで自身初の1位を獲得した[132]。12月31日には、『第76回NHK紅白歌合戦』に特別企画で出演し、「ファンファーレ」をテレビ初歌唱した[133]。
提供作品
評価
芸能人
ASKAは「本当に『こいつは上手い!』と、唸ってしまう」歌手として玉置の名前を挙げ、「日本一歌が上手い」「あいつは、化け物のように上手いです。囁くようなウィスパーボイスから、パワーボイスまで、あんなに安定感のあるボーカリストはいません」と述べている[135]。
香西かおりは、玉置が作曲した「無言坂」で第35回日本レコード大賞を受賞した後も玉置作品を歌い続け、2017年には玉置への「最大のリスペクト」を込めたカバーアルバム『香西かおり 玉置浩二を唄う』を発売した[136]。香西は、玉置とともに作った作品を「一生の宝物」とし、玉置について「一人のアーティストとして心から尊敬している」と述べている[136]。
指揮者の湯浅卓雄は、2017年に開催されたオーケストラ公演について、玉置の楽曲、歌唱、管弦楽の響きが観客を魅了し、「挑戦と革新を経て円熟の域に達している」と記している[137][138]。
作詞家の松井五郎はアルバム『安全地帯II』制作当時、本来は楽曲「マスカレード」の作詞にのみ参加する予定であった。しかし、玉置が制作したデモテープの音源を聴いた際に「浩二の曲と歌唱が衝撃的で、感じるものがあって、使ってもらえなくても良いと思いながらデモテープに収録されていた全てのデモ楽曲の作詞をしてしまった」と採用をされない前提で玉置に歌詞を送ったことがある[139]。作詞家として参加した安全地帯の楽曲「出逢い」については、玉置の制作する楽曲は余計な音数がない一方で奥行きがあるとし、「作曲家としての彼のポテンシャルに心を動かされた」と述べている[139]。
BTSのVは日本の好きなミュージシャンとして、YOASOBIと共に玉置の名前を挙げている[140][141]。
ドラマ『こんな恋のはなし』で玉置の妻役を演じた女優・声優の戸田恵子は玉置の大ファンであり、同ドラマの撮影時には玉置からサインをもらい、ライブも頻繁に観覧しているという[142]。戸田は玉置を「日本の男性ボーカルで私が1番好きなお人」と記している[143]。
音楽ライターの小室敬幸によれば「山下達郎からいきものがかりまで、世代を問わず称賛され[144]」ているといい、また音楽ライターの望月哲によれば「山下達郎が「日本でもっとも過小評価されているミュージシャン」という言葉で最大限の賛辞[145]」を送った、とされる。
井上陽水とはテレビなどで共演することはほぼない。2008年に玉置が長期療養にて入院中、事前連絡もなく陽水が見舞いに訪れたことが20年ぶりの再会だったという[146]。
音楽家以外では、ビートたけしが2018年にTBS系『音楽の日』へ出演した際、玉置の「田園」を絶賛している[147]。自身が交通事故を起こした後、マスコミからのバッシングや映画制作が困難になったこと、またテレビの視聴率で苦境にあった時期に「田園」を酒を飲みながらよく聴いていたと語り、「詞がね、『生きていくんだ それでいいんだ』。それでいいんだよなって。焼酎飲んで浅草でやってたんだから、それに戻っただけだと思えた」と述べている[147]。1997年に『HANA-BI』でベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した際にも「島に行く飛行機でも船でも聞いていた。生きていくんだ、それでいいんだよって気持ちになれた」と、賞を獲得できなくてもよいという気持ちだったことを、デイリースポーツの取材で示唆した[147]。
評論家
音楽評論家のスージー鈴木は、「歌謡曲」と「ニューミュージック」を融合させたのが玉置浩二の制作する楽曲と歌唱である、と評価している[148]。鈴木は、玉置の歌唱の低音部分を「湿ったタオル」、高音部分を「乾いたゴム」と例え、低音部分が歌謡曲的要素、高音部分がニューミュージック的要素であると分析した[148]。鈴木は「やや乱暴に言ってしまえば」と前置きしたうえで、玉置が歌唱している楽曲「ワインレッドの心」のサビによって「歌謡曲」と「ニューミュージック」が融合し、それ以降「歌謡曲」と「ニューミュージック」が死語になっていく、と分析しており[148]、自書『1984年の歌謡曲』のなかで1984年の「ボーカリスト・オブ・ザ・イヤー」に選出している[149]。
影響
奥田民生[150]、森山直太朗[151]、スガシカオ[151]、Mr.Childrenの桜井和寿[152][153]、いきものがかりの水野良樹[154]、スキマスイッチの大橋卓弥[155]、Fear, and Loathing in Las VegasのTaiki[156]、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴[157]、川崎鷹也[158]、優里[159]へ影響を与えた。
森山直太朗はスガシカオとの対談のなかで、若い頃に自宅で玉置と接した経験を振り返り、玉置を「僕のスーパースター」と述べ、曲作りにも影響を受けたと語っている[151]。同対談のなかでスガシカオは、友人のパーティーで、玉置の誘いによりスガの演奏で『夜空ノムコウ』を合唱し始めたが、玉置は歌詞をほとんど覚えておらず、結局スガが歌い玉置が合いの手を入れる形となったという[151]。森山はその逸話に対して、玉置が歌うと、歌詞がなくても音楽的な声の響きだけで感動するのではないかとスガに問いかけると、スガはそれに同意し、玉置が歌うと「世界が変わる」と評している[151]。
水野良樹は、14歳の頃に玉置のライブを観た経験を「鮮烈な印象」と振り返り、中学生時代に玉置の歌をコピーすることで歌作りを学んだとして、玉置を「曲作りのお手本みたいな方だった」と述べている[154]。また大橋卓弥は、歌が聴き手に届く感覚について語る中で、玉置からの影響が大きいと述べている[155]。
優里は中学生の頃、『森田一義アワー 笑っていいとも!』に出演した玉置がアカペラで「夏の終りのハーモニー」を歌ったのを聴き、一瞬でその場の空気を変えてしまう歌唱に感動したという[159]。プロになって以降も玉置の「メロディー」をたびたびカバーしており、玉置の歌唱について「深いのにすっと入ってくる」と述べ、玉置の歌唱から「気持ちの乗せ方と歌の届け方」を学んでいると述べている[159]。
所有ギター
マーティン製のアコースティックギターを多数所有している[160]。愛聴していたCS&Nが所有していたことや[161]、GAROへの憧れにより[162]、旭川でのアマチュア時代からマーティン製ギターに憧れていた[163]。しかし当時は高額で絶対に入手できず、後年その反動で多くのマーティン製ギターを所有するに至った[164]。
ニューヨークの楽器店で「D-45S DELUXE(1992年に限定生産された50本のうち40番目)」を入手したのを皮切りに、「D-45 CUSTOM(12弦仕様)」「D-45 SS(1998年に限定生産された91本のうち35番目)」「D-45 AJ(2本所有)」「D-1」「D-12-28」を所有している[165][166]。このうち、最初に入手した「D-45S DELUXE」は、1996年のシングル「田園」のプロモーションビデオで用いられ[167]、またフィッシュマン製ピエゾピックアップを使用してライブでも頻繁に使用していた[168]。「D-45S DELUXE」以外においても、「ライブでは一番いいものを弾きたい」といい、ステージで何本ものマーティン D-45を使用した[169]。
玉置は、ロックな音がするギターの代表としてマーティン製のギターを挙げており、たとえチューニングが不正確であっても気にならない心地よさがあると語っている[170]。
俳優活動
1986年、松井五郎の原案による映画『プルシアンブルーの肖像』で主演を務める[14]。これを契機に、映画・ドラマでの活躍が増えていく[14]。
以降の俳優活動として1989年には、TBS系テレビドラマ『キツイ奴ら』に小林薫とともに出演した[171]。演出は久世光彦が手がけ[172]、第26回ギャラクシー賞奨励賞を受賞した[171]。また、日刊ゲンダイのテレビコラムは、1989年の連続ドラマを回顧するなかで、同作における「小林と玉置のコンビや劇中での流しのデュエット」を特徴として挙げている[173]。
1996年には、フジテレビ系ドラマ『コーチ』で野球好きの缶詰工場主任を演じ、同作の主題歌「田園」も担当した。同年にはNHK大河ドラマ『秀吉』にも出演[174]。また、同年公開の映画『ロマンス』では、ラサール石井、水島かおりとともに主演し、音楽も担当した[175]。ぴあ映画は同作について、主演者らとのリハーサルを経て撮影台本が作られた作品と説明している[176]。
2005年には、日本テレビ系水曜ドラマ『あいのうた』に出演、主題歌「プレゼント」も担当した[177]。2013年には、日本テレビ系ドラマ『東京バンドワゴン〜下町大家族物語』に出演し、連続ドラマ出演は約8年ぶりとなった[178]。同作では亀梨和也と親子役を演じ、劇中設定と連動するユニット「堀田家BAND」名義で主題歌「サヨナラ☆ありがとう」を発表した[179]。同曲は2013年11月18日付のオリコン週間シングルランキングで1位を獲得した[180]。
石原真理子との交際・破局
1985年に女優の石原真理子との不倫関係が発覚[181]。当時、石原が記者会見を行い事実を認めたが、その後、1986年9月頃に破局したと報じられた[181]。 2009年2月25日、日刊スポーツ誌面に石原と23年ぶりに復縁したという記事が掲載され[182]、翌26日には婚姻届を提出した、と報道された[183](後に、玉置と石原は揃って会見を行い、交際の事実を認めた)。しかし、その半年後の9月4日、破局していたことが報じられ、2月に提出したとされた婚姻届は、石原が2003年に結婚した白人男性と正式に離婚が成立していなかった(婚姻継続状態)ため、不受理であったことも併せて報じられた[184][185]。
作品
シングル
| 枚 | 発売日 | タイトル | c/w | 順位 | 出典 | 収録アルバム |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Kitty Records | ||||||
| 1st | 1987年7月25日 | All I Do | Only You | 10位 | All I Do | |
| 2nd | 1989年1月25日 | キ・ツ・イ | “Hen” | 7位 | 安全地帯/玉置浩二 ベスト | |
| 3rd | 1989年3月25日 | 氷点 | Will... | 12位 | ||
| 4th | 1989年7月25日 | I'm Dandy | Sendenfor | 10位 | ||
| 5th | 1989年11月20日 | 行かないで | スケジュール | 16位 | ||
| 6th | 1993年1月30日 | コール | 大切な |
22位 | あこがれ | |
| Sony Records | ||||||
| 7th | 1993年8月21日 | 元気な町 | カリント工場の煙突の上に | 41位 | カリント工場の煙突の上に | |
| 8th | 1994年11月11日 | LOVE SONG | 星になりたい | 35位 | LOVE SONG BLUE | |
| 9th | 1995年6月21日 | STAR | 正義の |
90位 | LOVE SONG BLUE CAFE JAPAN | |
| 10th | 1996年5月21日 | メロディー | 愛を伝えて | 49位 | CAFE JAPAN | |
| 11th | 1996年7月21日 | 田園 | 働こうよ | 2位 | ||
| 12th | 1997年8月6日 | MR.LONELY | FIGHT OH! | 15位 | JUNK LAND | |
| ファンハウス | ||||||
| 13th | 1998年5月21日 | ルーキー | BELL | 49位 | GRAND LOVE | |
| 14th | 1998年10月3日 | HAPPY BIRTHDAY〜愛が生まれた〜 | 愛だったんだよ | 69位 | ||
| BMGファンハウス | ||||||
| 15th | 1999年11月3日 | 虹色だった | 夢のようだね | 26位 | ニセモノ | |
| 16th | 2000年3月23日 | Aibo | ジェスチャー | 54位 | ||
| 17th | 2001年3月28日 | このリズムで | 願い (Live Version) | 96位 | スペード | |
| Sony Records | ||||||
| 18th | 2004年6月9日 | しあわせのランプ | 7:30am | 83位 | JUNK LAND 今日というこの日を生きていこう | |
| 19th | 2005年1月13日 | 愛されたいだけさ | 名前のない空を見上げて | 35位 | 今日というこの日を生きていこう | |
| 20th | 2005年10月5日 | いつもどこかで | 発散だー!! | 48位 | PRESENT | |
| 21st | 2005年11月2日 | プレゼント | おいでよ 僕の国へ | 13位 | ||
| 22nd | 2006年3月15日 | Lion | 夜想 | 60位 | [186] | |
| 23rd | 2007年6月27日 | 惑星 | Monkey Trick | 67位 | [187] | 惑星 |
| ディララ | ||||||
| SALTMODERATE | ||||||
| 24th | 2013年4月24日 | 純情 | 次男坊 | 62位 | [188] | ALL TIME BEST |
| 25th | 2013年11月27日 | サーチライト | スイカの種 feat.沖仁 | 32位 | [189] | GOLD |
| 日本コロムビア / BETTER DAYS | ||||||
| 26th | 2022年5月18日 | 23位 | [190] | |||
| 27th | 2022年10月19日 | Beautiful World feat.絢香 | 26位 | |||
| ALDELIGHT | ||||||
| 28th | 2025年11月5日 | ファンファーレ | JUNK LAND -Live at 東京国際フォーラム 1997.11.22- | 10位 | ||
| MR. LONELY -Live at 東京国際フォーラム 1997.11.22- | ||||||
コラボレーション・シングル
| 名義 | 発売日 | タイトル | c/w | 発売元 |
|---|---|---|---|---|
| 髙橋真梨子 with 玉置浩二 | 1992年11月21日 | 貴方が生きたLove Song | 夕暮れにルージュ | ビクターエンタテインメント |
| マリーン & 玉置浩二 | 1993年6月16日 | 終わらないで I Love You | 窓〜愛は終らない | 東芝EMI |
| 森山良子・玉置浩二 | 1994年2月21日 | 手の中に… | 愛のそばへ | Sony Records PEOPLE |
| 堀田家BAND | 2013年11月6日 | サヨナラ☆ありがとう | - | ジェイ・ストーム |
オリジナル・アルバム
| 枚 | 発売日 | タイトル | 順位 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| Kitty Records | ||||
| 1st | 1987年8月10日 | All I Do | 2位 | |
| 2nd | 1993年3月24日 | あこがれ | 4位 | |
| Sony Records | ||||
| 3rd | 1993年9月22日 | カリント工場の煙突の上に | 17位 | |
| 4th | 1994年12月12日 | LOVE SONG BLUE | 18位 | |
| 5th | 1996年9月13日 | CAFE JAPAN | 4位 | |
| 6th | 1997年9月21日 | JUNK LAND | 9位 | |
| ファンハウス | ||||
| 7th | 1998年5月27日 | GRAND LOVE | 12位 | |
| BMGファンハウス | ||||
| 8th | 2000年4月26日 | ニセモノ | 19位 | |
| 9th | 2001年3月28日 | スペード | 25位 | |
| Sony Records | ||||
| 10th | 2005年2月16日 | 今日というこの日を生きていこう | 26位 | |
| 11th | 2006年4月5日 | PRESENT | [186] | |
| 12th | 2007年8月1日 | 惑星 | 30位 | [191] |
| SALTMODERATE | ||||
| 13th | 2014年3月19日 | GOLD | 28位 | [192][193] |
ライブ・アルバム
| 枚 | 発売日 | タイトル | 順位 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| Sony Records | ||||
| 1st | 1995年9月21日 | T | 49位 | |
| 2nd | 2005年7月27日 | LIVE!! 「今日というこの日を生きていこう」 | 64位 | |
| 3rd | 2006年8月30日 | 06 PRESENT TOUR LIVE 発散だー!! | 60位 | |
| 4th | 2008年3月26日 | KOJI TAMAKI ’07 LIVE ☆惑星☆ | 154位 | [194] |
| SPACE SHOWER MUSIC | ||||
| 5th | 2015年12月16日 | 玉置浩二LIVE旭川市公会堂 | 73位 | [195] |
| 6th | 2024年2月21日 | 玉置浩二 Concert Tour 2022 故郷楽団 35th ANNIVERSARY 〜星路(みち)〜 in 仙台 | 40位 | |
セルフカバー/カバーアルバム
| 枚 | 発売日 | タイトル | 順位 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| BMGファンハウス | ||||
| 1st | 1999年2月24日 | ワインレッドの心 | 11位 | |
| SALTMODERATE | ||||
| 2nd | 2012年10月24日 | Offer Music Box | 31位 | [196][197] |
| SPACE SHOWER MUSIC | ||||
| 3rd | 2014年12月3日 | 群像の星 〜GREAT STARS〜 | 31位 | [198][199] |
| 日本コロムビア | ||||
| 4th | 2020年12月23日 | Chocolate cosmos | 21位 | [124][200] |
ベスト・アルバム
| 枚 | 発売日 | タイトル | 順位 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| Kitty Records | ||||
| 1st | 1994年8月25日 | 安全地帯/玉置浩二 ベスト | 35位[201] | |
| 2nd | 1995年8月25日 | 玉置浩二ベスト・ソングス・フォー・ユー | 不明 | |
| Kitty Enterprises | ||||
| 3rd | 1997年4月25日 | EARLY TIMES〜KOJI TAMAKI IN KITTY RECORDS | 不明 | |
| Sony Records | ||||
| 4th | 1998年12月2日 | 田園 KOJI TAMAKI BEST | 19位[202] | |
| BMG JAPAN | ||||
| 5th | 2003年5月21日 | Best Harvest | 65位[203] | |
| ユニバーサルミュージック | ||||
| 6th | 2003年11月26日 | ゴールデン☆ベスト 玉置浩二 アーリー・タイムズ・プラス | 不明 | |
| Sony Music Direct | ||||
| 7th | 2011年12月21日 | GOLDEN☆BEST 玉置浩二 1993-2007 | 229位[204] | [205] |
| 8th | 2017年5月17日 | ALL TIME BEST | 11位[206] | [207][208] |
| ステレオサウンド | ||||
| 9th | 2020年3月22日 | 玉置浩二ベスト[注 2] | 不明 | [209] |
| Sony Music Direct | ||||
| 10th | 2022年7月25日 | THE BEST ALBUM 35th ANNIVERSARY 〜メロディー〜 | 12位[210] | |
映像作品
| 枚 | 発売日 | タイトル | 出典 |
|---|---|---|---|
| Kitty Records | |||
| 1st | 1987年11月1日 | "All I Do" Filmed in U.K | |
| Sony Records | |||
| 2nd | 1995年11月1日 | 最高でしょ? | |
| 3rd | 1997年3月21日 | SHALL I MAKE T FOR YOU? CAFE JAPAN TOUR | |
| BMGファンハウス | |||
| 4th | 1998年3月21日 | WE CAN BELIEVE IN OUR "JUNK LAND" | |
| 5th | 1999年2月24日 | "GRAND LOVE" A LIFE IN MUSIC | |
| 6th | 2001年7月25日 | このリズムで | |
| Sony Records | |||
| 7th | 2005年11月2日 | 「今日というこの日を生きていこう」 LIVE in Zepp Tokyo | |
| 8th | 2006年12月5日 | '06「PRESENT」 TOUR LIVE | |
| 9th | 2008年3月26日 | KOJI TAMAKI '07 ☆惑星☆ TOUR LIVE | [194] |
| 10th | 2014年4月2日 | KOJI TAMAKI MUSIC VIDEOS 1996-2013 | [211][212][213] |
| 11th | 2015年6月10日 | GOLD TOUR 2014 | [214] |
| 12th | 2021年8月18日 | Chocolate cosmos 〜恋の思い出、切ない恋心 | |
| 13th | 2021年12月8日 | billboard classics PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2021『THE EURASIAN RENAISSANCE “КАПЕЛЬ”(カペーリ)』LIVE | |
| 日本コロムビア | |||
| 14th | 2023年8月2日 | 玉置浩二 35th ANNIVERSARY CONCERT Special Collections "Arcadia" & "星路 (みち)" | |
参加作品
- USED TO BE A CHILD(1993年)
- 僕らが生まれた あの日のように
- 60 CANDLES(1997年)
- ある日渚に
- YOSUI TRIBUTE(2004年)
- 白い一日
- Keiko Lee sings super standards 2(2012年)
- Smile
- 沖仁「Dialogo [ディアロゴ] 〜音の対話〜」(2013年)
- 屋根の下のSmile con 玉置浩二
- TETSUYA KOMURO EDM TOKYO(2014年)[215][216]
- 2.EDM TOKYO 2014 feat. KOJI TAMAKI
- STATEMENT TOUR FINAL at NAGOYA CENTURY HALL
- いかないで collaboration with 玉置浩二(2014年)
- 亀渕友香「古稀 modernism」(2014年)
- 影を慕いて with 玉置浩二
- 亀渕友香「古稀 edutainment」(2014年)
- ゆりかごのうた with 玉置浩二
- Salyu 20th Anniversary Tribute Album "grafting"(2024年)
- to U from NHK BSプレミアム「玉置浩二ショー」2016.12.25
タイアップ一覧
| 年 | 曲名 | タイアップ | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1989年 | キ・ツ・イ | TBS系ドラマ『キツイ奴ら』主題歌 | 出演作品[208][217] |
| 氷点 | テレビ朝日開局30周年記念ドラマ『氷点』主題歌 | [208][218] | |
| I'm Dandy | MIASS CMソング | [208] | |
| 映画『右曲がりのダンディー』主題歌 | 主演作品[208] | ||
| 行かないで | フジテレビ開局30周年記念ドラマ『さよなら李香蘭』主題歌 | [208][219] | |
| 1992年 | 貴方が生きたLove Song | TBS系『ムーブ』エンディングテーマ | |
| フィリッピーナを愛した男 | フジテレビ「金曜ドラマシアター『フィリッピーナを愛した男たち』」テーマ曲 | 主演作品。劇伴も担当。両曲インストルメンタル[220] | |
| SACRED LOVE | |||
| 1993年 | コール | 映画『ナースコール』主題歌 | [208] |
| 終わらないで I Love You | 日本テレビ『スーパーテレビ情報最前線』エンディングテーマ | ||
| 元気な町 | 三菱地所CMイメージソング | [208] | |
| LOVE SONG | 日本テレビ系ドラマ『おれはO型・牡羊座』主題歌 | [208][221] | |
| 星になりたい | 日本テレビ系ドラマ『おれはO型・牡羊座』挿入歌 | [221] | |
| 1994年 | SACRED LOVE | 関西テレビ・フジテレビ系ドラマ「愛と疑惑のサスペンス『夢の帰る場所』」挿入歌・エンディングテーマ | 主演作品。劇伴も担当[222] |
| 1996年 | メロディー | TBS系『筑紫哲也 NEWS23』エンディングテーマ | [208][223] |
| TBS系ドラマ『メロディ』挿入歌 | 出演作品[208][223] | ||
| 愛を伝えて | NHK総合『バラエティーざっくばらん』1995年5月度テーマソング | ||
| 田園 | フジテレビ系ドラマ『コーチ』主題歌 | 出演作品[208][224][225] | |
| 1997年 | MR.LONELY | フジテレビ系ドラマ『こんな恋のはなし』主題歌 | 出演作品[208][226] |
| 1998年 | ルーキー | 大鵬薬品工業『チオビタドリンク2000』CMソング | [208] |
| HAPPY BIRTHDAY〜愛が生まれた〜 | 日本メナード化粧品「ジュピエル モイストベールN」CMソング | [208] | |
| 愛だったんだよ | NHK「みんなのうた」1998年8月 - 9月放送曲 | [227] | |
| 1999年 | 虹色だった | テレビ朝日系ドラマ『はみだし刑事情熱系PARTIV』主題歌 | [208][228] |
| 夢のようだね | レオパレス21 CMソング | ||
| 2004年 | しあわせのランプ | テレビ朝日系『いまどき!ごはん』エンディングテーマ | [208][229] |
| 2005年 | いつもどこかで | フジテレビ系秋のスペシャルドラマ『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』主題歌 | [208][230][231] |
| プレゼント | 日本テレビ系ドラマ『あいのうた』主題歌 | 出演作品[208][232][233] | |
| 2006年 | Lion | よみうりテレビ・日本テレビ系アニメ『エンジェル・ハート』第2期オープニングテーマ | [186][208][234] |
| 2007年 | 惑星 | TBS系『2時っチャオ!』8・9月度エンディングテーマ | |
| 2013年 | サーチライト | 日本テレビ系ドラマ『東京バンドワゴン〜下町大家族物語』エンディングテーマ | [235][236] |
| 2018年 | みんな夢の中 | NHK BSプレミアム『花へんろ 特別編「春子の人形」』主題歌 | [237] |
| 2022年 | 星路(みち) | 映画『大河への道』主題歌 | [238] |
| 2025年 | ファンファーレ | TBS系日曜劇場『ザ・ロイヤルファミリー』主題歌 | [239] |
| JRA公式YouTubeチャンネル『2025年の名場面をもう一度〜あのレースの感動を再び〜』挿入歌 | [240] | ||
| 田園 | サントリーホールディングス CMソング | [241] |
出演作品
テレビドラマ
- 並木通りの男〜アイラブユーからはじめよう(1988年、フジテレビ) - 主演・滝川正人 役[242]
- キツイ奴ら(1989年、TBS)[217] - 小山内完治 役
- キツイ奴ら! スペシャル 栄冠は君に輝く(1990年、TBS)[243]- 小山内完治 役
- 世にも奇妙な物語シリーズ(フジテレビ)
- 世にも奇妙な物語 第3シリーズ「ハイ・ヌーン」(1992年)[244] - 主演・男 役
- 世にも奇妙な物語 秋の特別編「マニュアル警察」(1999年)[245] - 主演・只野一郎 役
- 金曜ドラマシアター(フジテレビ)
- 実録犯罪史シリーズ「最期のドライブ 富山長野女子高生・OL連続誘拐殺人事件」(1992年6月26日) - 河野武司 役[246]
- フィリッピーナを愛した男たち(1992年12月11日) - 主演・亀村敏夫[220][247]
- みんな夢の中〜ある偽ハマクラ伝(1992年、関西テレビ) - 主演・偽ハマクラ 役[248]
- 愛の降る街・領収書物語2「愛が言った」(1993年、関西テレビ)[249]
- 愛と疑惑のサスペンス(関西テレビ)
- 最後の弾丸(1995年、NHK BS2 / 1996年、NHK総合)[252] ※日豪合作
- 秀吉(1996年、NHK総合 大河ドラマ)[253] - 足利義昭 役
- コーチ(1996年、フジテレビ)[224] - 三国清太郎 役
- ドラマスペシャル コーチ(1997年、フジテレビ)[254] - 三国清太郎 役
- 土曜ドラマ(NHK総合)
- メロディ(1997年、TBS) - 桜木信太郎 役[259]
- こんな恋のはなし(1997年、フジテレビ)[226] - 下平孝之助 役
- 古畑任三郎3rd season 第36回「雲の中の死」(1999年、フジテレビ)[260] - 臺修三 役
- 盲導犬クイールの一生(2003年、NHK総合)[261] - 渡辺満 役
- あいのうた(2005年、日本テレビ)[232] - 片岡優二 役
- P&Gパンテーンドラマスペシャル「フォルティッシモ―また逢う日のために―」(2011年、BSフジ)[262]
- 東京バンドワゴン〜下町大家族物語(2013年、日本テレビ)[235] - 堀田我南人 役
映画
音楽番組
- NHK紅白歌合戦(NHK総合・ラジオ第1)
- 玉置浩二ショー(2015年2月 - 、NHK BSプレミアム)[111]
テレビアニメ
CM
NHK紅白歌合戦出場歴
受賞歴
- 1996年
- 第10回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 助演男優賞(希望により辞退)(『コーチ』)
- 2026年
- 第126回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 ドラマソング賞(『ファンファーレ』)[273]
参考文献
- 志田, 歩『玉置浩二★幸せになるために生まれてきたんだから』イースト・プレス、2010年10月5日。ISBN 9784781604831。
- 石原, 行雄「SPECIAL INTERVIEW 玉置浩二」『アコースティック・ギター・マガジン』第5巻、株式会社リットーミュージック、2000年8月28日、16-21頁、ISBN 4845605279。
- スージー鈴木『1984年の歌謡曲』イースト・プレス、2017年2月15日。ISBN 9784781650807。
- アコースティック・ギター・マガジン編集部「玉置浩二の1992年製 D-45S DELUXE」『アコースティック・ギター・マガジン』第95巻、株式会社リットーミュージック、2023年3月1日、48-49頁。