玉置浩二

日本のシンガーソングライター From Wikipedia, the free encyclopedia

玉置 浩二(たまき こうじ、1958年9月13日[1] - )は、日本のシンガーソングライター[2][3]

出生名 玉置 浩二
生誕 (1958-09-13) 1958年9月13日(67歳)[1]
出身地 日本の旗 日本 北海道旭川市神居町[1]
概要 玉置 浩二, 出生名 ...
玉置 浩二
出生名 玉置 浩二
生誕 (1958-09-13) 1958年9月13日(67歳)[1]
出身地 日本の旗 日本 北海道旭川市神居町[1]
ジャンル
職業
担当楽器
活動期間
  • 1973年 - 2008年
  • 2009年 -
レーベル
事務所 SALTMODERATE
共同作業者
公式サイト 自主レーベル「Saltmoderate」公式サイト
閉じる
活動内容 1986年:俳優デビュー
配偶者 一般女性(1983年 - 1986年)
薬師丸ひろ子(1991年 - 1998年)
安藤さと子(1999年 - 2007年)
青田典子(2010年 - )
事務所 SALTMODERATE
概要 たまき こうじ 玉置 浩二, 活動内容 ...
たまき こうじ
玉置 浩二
活動内容 1986年:俳優デビュー
配偶者 一般女性(1983年 - 1986年)
薬師丸ひろ子(1991年 - 1998年)
安藤さと子(1999年 - 2007年)
青田典子(2010年 - )
事務所 SALTMODERATE
主な作品
テレビドラマ
キツイ奴ら』『最後の弾丸
世にも奇妙な物語』『秀吉
コーチ』『こんな恋のはなし
盲導犬クイールの一生
古畑任三郎』『あいのうた
東京バンドワゴン
映画
右曲がりのダンディー』『教祖誕生
テンプレートを表示
閉じる

1958年、北海道に生まれ[1]、幼少期から歌手を志す[4][5]。中学時代の同級生・武沢豊との出会いを契機に[6][7]、バンド『安全地帯』を結成[8]。上京後[9]井上陽水のバックバンドを経て[10]、1982年にバンド『安全地帯』としてメジャーデビュー[11]。ソングライターとして業界内での注目を集めた後[12]、自身の作曲した安全地帯「ワインレッドの心」がオリコン1位を記録[13]。1986年より俳優業にも進出[14]

1987年にシングル「All I Do」でソロ・デビュー[15]。1993年のアルバム『カリント工場の煙突の上に』で作風が変化し[16]、1996年のシングル「田園」でミリオンセラーを記録、自身最大のヒット曲となった[17]

来歴

出生・小学生時代 (1958年 - 1971年)

1958年、北海道旭川市神居町で生まれた[1]。市役所に勤務する父・一志(いちし)、母・房子、兄・一芳、姉・美智子の5人家族の末っ子として、市営住宅で幼少時代を過ごす[1]。母方の祖母・長谷部とよの歌う民謡の影響を受け[1]、3才の頃から民謡を歌うようになり[18]、この頃から歌手を志す[4][5]。小学校低学年の頃には沢田研二西郷輝彦の歌を特に好み、バス旅行中の片道2時間、往復で歌い続けるなどの逸話を残す[19]

中学生時代・武沢豊との出会い (1971年 - 1973年)

旭川市立神居中学校に入学後[6]、玉置自身はグループ・サウンズの流れのある歌謡曲を聴いていたが[20]、その一方で、複数の友人と歌のハーモニーで遊ぶようになる[21]トワ・エ・モワが好きな友人とであればトワ・エ・モワを、矢沢永吉ファンの友人とならロックンロールといった具合に[6]、特定のジャンルにとらわれず音楽に取り組んだ[21]。しかし学業としての音楽の成績はふるわず、譜面読みや縦笛の演奏、ベートーベンが何年に生まれたといった暗記も不得手だった[22]

1972年の[23]中学2年時には、中古品のクラシック・ギターを入手するが、フォークギター用のスチール弦が張られていたため、ネックが反りチューニングも合わず、自分にはできないと思い込み、一度はギターを断念する[7]。転校してきた同級生で、ギターを得意としていた武沢豊を誘い[6][7]、その他数人の友人と共に同年夏[24]、バンド「インベーダー」を結成[6]。自身の作詞作曲による楽曲で[24]、ヤマハのコンクール「ライトミュージック・コンテスト」に出場し[7]、中学3年の初頭までに数回コンテストに出場[24][20]

バンド『安全地帯』結成・共同生活の開始 (1973年 - 1981年)

1973年、バンド「インベーダー」は武沢豊の兄(武沢俊也[23])のメンバー加入をきっかけに改名[8]。当時ベースを担当していた進藤雅人の命名により[25]ロックバンド安全地帯』となる[8]

高校入学後、更にバンド活動へ傾倒する[26]。担任教師からは1年間だけは通学すべきとすすめられ、その通りに1年間の後、退学する[26]。1977年頃から旭川市永山の廃屋をスタジオへ改装、安全地帯のメンバーと3年間の共同生活を開始[27]。ロックは演奏するが、飲酒も女性もドラッグにも手を出さない真面目なバンド生活となる[28]

井上陽水との出会い・『安全地帯』デビュー (1981年 - 1983年)

1981年7月、北海道での井上陽水とのセッションを経て[10]翌月上京、東京でメンバーと共に合宿を開始[9]。9月から翌年1月まで、井上陽水のコンサートツアーにバックバンドとして同行し[10]、主にコーラスとギターを担当[29]。バックバンドとしての活動と、メジャーデビューへのレコーディングを同時並行で行い[9]、1982年2月25日に、Kitty Recordsより「萠黄色のスナップ」でメジャー・デビュー[11]

安全地帯としてのライブハウスツアーを開始後[30]、ソングライターとして業界内の注目を集め[12]岩崎宏美高橋真梨子をはじめ、200曲程度を提供した[11]。しかし自身のバンド「安全地帯」への注目は高くなく[11]、井上陽水からの作曲提供をプロデューサーの星勝より打診される[31]。しかし「曲は俺が作る。それができないんならバンドを辞めて北海道に帰ります」と返答し、1週間の猶予を与えられた[31]。その際に自室にこもり、歌謡曲的で売れそうな曲を作曲[31]。これらが後に「ワインレッドの心」「恋の予感」「碧い瞳のエリス」「プルシアンブルーの肖像」となる[32]。また星勝によればこのとき「真夜中すぎの恋」も作曲していたという[33]

「ワインレッドの心」のヒット ・俳優業への進出 (1984年 - 1986年)

1984年3月、「ワインレッドの心」がオリコンチャートの1位を記録[13]、70万枚を超えるセールスとなる[34]。以降、玉置浩二は「井上陽水のバックを務めていた実力派」で「ロマンチックなメロディを特徴とするグループ」安全地帯の中心人物として知られていく[35]。武道館コンサートや香港公演、紅白歌合戦への出場など音楽活動が充実する一方で[36]、服装や髪型などヴィジュアル面でのプロデュースも全く変わり「このまま行って大丈夫か?」と感じたという[37]。私生活も激変し、他人から指を差されるので電車にも乗れず、好きなところにも行けず、仕事が終わると部屋に帰るだけの生活となり、また第1回目の離婚を経験した[38]。後年、玉置本人は「〈ワインレッド〉が破滅の始まりだった」とも語っている[38]。「ワインレッドの心」以前に作曲していた、バンドらしい作風のオリジナル曲でバンド活動ができていたなら、人生は全く変わっていただろうと回顧している[38]

1986年、松井五郎の原案による映画『プルシアンブルーの肖像』で主演を務める[14]。これを契機に、映画・ドラマでの活躍が増えていく[14]

ソロデビュー・『安全地帯』活動休止 (1987年 - 1992年)

1987年に、安全地帯の活動と並行してソロ作品の制作の為、ロンドン・ロサンゼルスへ渡る[15]。同年7月にシングル「All I Do」でソロ・デビュー[15]。8月に同名のソロ・アルバムもリリース[15]。ソロツアー後には再度安全地帯の制作・リリースを行う[39]。この頃から打ち込みによる制作が始まるが、徐々に抵抗を覚える[40]。また安全地帯が大きなプロジェクトとなったことに伴い、玉置自身の意見が通りづらくなるジレンマに直面する[40]。1988年夏に安全地帯としての活動を一時休止[41]。1989年はソロとしてシングル4枚をリリース。同時に積極的に俳優業もこなすようになる[41]

1990年に、安全地帯はレコーディング1曲のために集まったはずだったが、玉置による「原点に戻ろう」という提唱のもと、アルバム『安全地帯VII〜夢の都』のレコーディングに突入[42]。本来この夏は玉置浩二のソロライブツアーの予定だったが、安全地帯のツアーとして切り替えられる[43]

1991年の『安全地帯VIII〜太陽』発売に向けて、キティから独立して事務所を設立した[44]。しかし、それまでは何でも言うことが通っていたが[44]、バブル崩壊に伴い、玉置の思い通りには物事が進まなくなっていく[45]。また打ち込みによる楽曲制作が主流となっていく時流に抵抗を覚え[45]、北海道に戻り純粋に音楽を追求したい玉置と、東京に家族がいる安全地帯メンバーとの関係が冷めていく[46]

1992年、10周年を記念した安全地帯のアコースティック・ツアーを最後に、メンバーの結束は崩壊する[47]

アルバム『あこがれ』以降 ・「田園」のリリース(1993年 - 1997年)

1993年に、須藤晃を作詞に迎え[48]、ソロアルバム『あこがれ』を発売[49]。この時期、事務所トラブル、バンドとしての一体感の喪失などから[50]疲弊し、家に帰らない、人が嫌いになるといった状態になり、精神病院に入院する[51]。本来は数ヶ月の入院を勧められたが、投薬治療による長時間の睡眠に嫌気が差し、3日で脱走[52]。その後半年間は北海道の実家で静養、同郷の友人との交流もあり、徐々に精神を回復させた[52]

また『あこがれ』制作の頃から[53]、レコード会社のリリース計画とは無関係なレコーディングを実験的に開始[54]。安全地帯で行っていたデジタルな制作方法とは正反対の人力を主とした制作であり[55][56]、ドラム・ベース・ギターの演奏は全て玉置自身で行った[57]。その後、レコード会社間の話し合いによりSony Recordsへの移籍が決定した[57]。レコーディングしたもののなかから曲をピックアップし、須藤晃との協力で詞を完成させた[53]。そしてアルバム『あこがれ』の発売から半年後、Sony Records移籍第1弾のアルバム『カリント工場の煙突の上に』を発売する[53]。精神病院での入院経験や[58]、幼少期に経験した友人の溺死事故等[16]、苦悩とトラウマを音楽に昇華させた作品であり[58]、この作品で作風が完全に変化したと本人は回顧している[16]

1994年、アルバム『LOVE SONG BLUE』を発売[59]。連動して展開したライブツアー「正義の味方ツアー」にて、キーボーディストとして参加し、後に妻となる安藤さと子と出会う[59]

1996年、シングル「田園」がオリコンチャート最高2位を記録[17]。玉置にとって初のミリオンセラーとなり、自身最大のヒット曲となる[17]。同作を収録したアルバム『CAFE JAPAN』をリリースと同時に、全国42カ所45公演のライブツアーを開始[60]。ツアー中の11月29日に憩室炎を発症[60]、ステージ終了後に半月入院し[60]、生き方と生活環境をかえる契機となる[61]。1997年、アルバム『JUNK LAND』発売を最後に東京を離れる[62]

軽井沢移住(1998年 - )

1998年2月2日、ウッドストック軽井沢レコーディングスタジオを訪れ[63]、気に入ったため軽井沢町へ移住[64]。レコード会社をファンハウスへ移籍。

『安全地帯』再始動

2002年、レコード会社をファンハウスからSony Recordsに戻し、約10年ぶりに安全地帯の活動を再開。本年と翌2003年にアルバムを連続リリースし、全国ツアーを敢行するが、2003年を以て再び安全地帯の活動を休止する。

2004年、個人事務所・アンクルオニオンを設立し、再びソロ活動に専念する。

2005年に、テレビドラマあいのうた』(日本テレビ)にて、8年ぶりとなるドラマ出演。

2007年、軽井沢を離れる。『惑星』ツアーの終了後、長期間の活動の休止を発表。同時に公式ファンクラブも解散となった。

『安全地帯』活動再開

2009年、東京に戻った玉置は安全地帯のメンバーへ自ら連絡、再度メンバーが集結。合宿スタイルでのレコーディングをスタートさせ、新アルバムの制作に入る。

12月25日、古巣レコード会社への復帰(前・キティレコード→現ユニバーサルミュージック内USMジャパンに組織変更)が発表され、安全地帯活動再開第1弾シングルとして、「蒼いバラ」のショート・ミュージック・ビデオが公開される。

2010年1月8日、6年ぶりに安全地帯の活動再開を発表。アルバム『安全地帯XI ☆Starts☆「またね…。」』発表後、全国ツアーを開始。7月16日、タレント女優青田典子と再婚[65]。9月12日に福岡市で行われたコンサートにおいて、呂律が回らない状態となり何度も途中で演奏が中止される。それに対して野次を飛ばした観客と口論となり、見かねたバンドメンバーがステージを降り、結果的に公演が中止された[66]

2012年7月1日、ソニー・ミュージックへ3回目の移籍。自主レーベル「SALTMODERATE」発足。バンド・ソロとして作品を順次発表。

2013年10月から12月に放送されたドラマ『東京バンドワゴン』(日本テレビ)にて、8年ぶりとなる連続ドラマ出演。亀梨和也との共同ユニット「堀田家BAND」名義で発売した主題歌「サヨナラ☆ありがとう」が玉置にとって「悲しみにさよなら」(1985年)以来28年ぶりとなるオリコンウィークリーシングルチャート1位を獲得。

この頃から他の歌手とのコラボに対して積極的になり、2013年夏頃から始まった德永英明のコンサートツアー本編に飛び入り参加し、德永の楽曲「いかないで」のデュエットを披露している(一部公演)。德永のライブ・アルバムSTATEMENT TOUR FINAL at NAGOYA CENTURY HALL』で拝聴可能。

2014年12月に、自身初となるカバー・アルバム『群像の星 〜GREAT STARS〜』をリリース。

2015年2月、NHK BSプレミアムにて初の冠番組となる『玉置浩二ショー』の放送開始[67]

2016年、憩室炎のため緊急入院し、約1カ月間の休養。5月に予定されていた5公演を中止[68]。5月20日に退院[69]。6月2日に活動再開し、病気の原因の一つが飲酒であることから「一生禁酒」を宣言[70]

2017年、安全地帯デビュー35周年とソロデビュー30周年を迎えるに当たりグループ・ソロの両方で初となるオールタイム・ベストアルバム『ALL TIME BEST』のリリースと全国ツアー「ALL TIME BEST「30」〜30th Anniversary Tour 2017〜」、ならびにビルボードクラシックス公演「KOJI TAMAKI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2017-THE GRAND RENAISSANCE-」の開催を発表。

5月25日にはNHK総合『SONGS』に安全地帯として2年ぶりに出演。同番組内で井上陽水とのセッションも披露した。

オールタイム・ベストアルバム『ALL TIME BEST』発売当日の5月31日には安全地帯として4年振りとなるツアー(日本武道館2daysならびに香港公演)の開催を発表。

2020年12月23日に、6年ぶりの新譜で3作目のセルフカバー・アルバム『Chocolate cosmos』がリリースされた[71]

12月31日、第71回NHK紅白歌合戦(NHK総合・ラジオ第1)に特別企画枠で24年ぶりに出場し、オーケストラとのコラボにて「田園」を披露した。

2025年10月12日 TBSドラマ日曜劇場「ザ・ロイヤルファミリー」の主題歌として書き下ろした楽曲「ファンファーレ」が先行配信開始。DL数週間1位を記録するなどヒットした。

「第76回NHK紅白歌合戦」に特別企画枠で選出され、同年12月31日出場。歌唱冒頭田園をアカペラ披露しその後ファンファーレをフルコーラス歌唱。このパフォーマンスがSNS上で絶賛された。

所有ギター

マーティン製のアコースティックギターを多数所有している[72]。愛聴していたCS&Nが所有していたことにより、旭川でのアマチュア時代からマーティン製ギターに憧れていたが、当時は高額で絶対に入手できず、後年その反動で多くのマーティン製ギターを所有するに至った[73]。ニューヨークの楽器店で「D-45-S DELUXE(1992年に限定生産された50本のうち40番目)」を入手したのを皮切りに、「D-45 CUSTOM(12弦仕様)」「D-45 SS(1998年に限定生産された91本のうち35番目)」「D-45 AJ(2本所有)」「D-1」「D-12-28」を所有している[74][75]。玉置本人は、ロックな音がするギターの代表としてマーティン製のギターを挙げており、たとえチューニングが不正確であっても気にならない心地よさがあると語っている[76]

人物

音楽家としての評価・交友関係・影響

  • ASKAとは1993年に活動したUSED TO BE A CHILDを通じて知り合い、同じ1958年生まれということですぐに意気投合。CHAGE and ASKAのライブに玉置が飛び入り参加するなど交友が深い。ASKAは2012年に出版されたムック『ぴあ&ASKA』のインタビューで、デュエットしてみたい歌手として玉置の名を挙げている。2013年にASKAが一過性脳虚血症の疑いから入院した時は、ASKAと同じレコード会社で玉置の友人でもある德永英明と連絡を取り、見舞いの花束と直筆の手紙を送り激励した。2014年にASKAが覚せい剤取締法違反で逮捕された際には「今度こそ一緒に歌おうぜ」と再タッグを呼びかけた。ASKAも自身のブログで「化け物のようにうまいです。囁くようなウィスパーボイスから、パワーボイスまで、あんなに安定感のあるボーカリストはいません」と玉置の歌唱力を評価している[77]
  • 井上陽水とはテレビなどで共演する事はほぼない。2008年に玉置が長期療養にて入院中、事前連絡もなく陽水が見舞いに訪れたことが20年ぶりの再会だったという[78]

家族・私生活

父方の曽祖父は、1895年に和歌山県から北海道雨竜郡一已村(現・深川市一已町)に屯田兵として入植した[79]。実兄は安全地帯で初代ドラマーを務めた玉置一芳[80]

2010年7月16日にタレント女優青田典子と再婚[81]

2012年11月11日発売のスポーツ報知のインタビューにおいて私生活を赤裸々に告白した。デビュー30周年を機に安全地帯の解散を考えたこと、青田との間に子供をもうけようとしたが無精子症であることが判明したため、夫婦2人の関係を深める方針に改めたこと、尿酸値中性脂肪の数値が高いため、「塩分控えめ」をモットーに生活することを決め、自主レーベル「SALTMODERATE」の名もその方針にあやかったものであることを明かした。

石原真理子との交際・破局

1985年に女優石原真理子との不倫関係が発覚[82]。当時、石原が記者会見を行い事実を認めたが、その後、1986年9月頃に破局したと報じられた[82]。 2009年2月25日、日刊スポーツ誌面に石原と23年ぶりに復縁したという記事が掲載され[83]、翌26日には婚姻届を提出した、と報道された[84](後に、玉置と石原は揃って会見を行い、交際の事実を認めた)。しかし、その半年後の9月4日、破局していたことが報じられ、2月に提出したとされた婚姻届は、石原が2003年に結婚した白人男性と正式に離婚が成立していなかった(婚姻継続状態)ため、不受理であったことも併せて報じられた[85][86]

作品

シングル

さらに見る 枚, 発売日 ...
発売日タイトルc/w順位出典収録アルバム
Kitty Records
1st 1987年7月25日 All I Do Only You 10位 All I Do
2nd 1989年1月25日 キ・ツ・イ “Hen” 7位 安全地帯/玉置浩二 ベスト
3rd 1989年3月25日 氷点 Will... 12位
4th 1989年7月25日 I'm Dandy Sendenfor 10位
5th 1989年11月20日 行かないで スケジュール 16位
6th 1993年1月30日 コール 大切な時間とき 22位 あこがれ
Sony Records
7th 1993年8月21日 元気な町 カリント工場の煙突の上に 41位 カリント工場の煙突の上に
8th 1994年11月11日 LOVE SONG 星になりたい 35位 LOVE SONG BLUE
9th 1995年6月21日 STAR 正義の味方ヒーロー 90位 LOVE SONG BLUE
CAFE JAPAN
10th 1996年5月21日 メロディー 愛を伝えて 49位 CAFE JAPAN
11th 1996年7月21日 田園 働こうよ 2位
12th 1997年8月6日 MR.LONELY FIGHT OH! 15位 JUNK LAND
ファンハウス
13th 1998年5月21日 ルーキー BELL 49位 GRAND LOVE
14th 1998年10月3日 HAPPY BIRTHDAY〜愛が生まれた〜 愛だったんだよ 69位
BMGファンハウス
15th 1999年11月3日 虹色だった 夢のようだね 26位 ニセモノ
16th 2000年3月23日 Aibo ジェスチャー 54位
17th 2001年3月28日 このリズムで 願い (Live Version) 96位 スペード
Sony Records
18th 2004年6月9日 しあわせのランプ 7:30am 83位 JUNK LAND
今日というこの日を生きていこう
19th 2005年1月13日 愛されたいだけさ 名前のない空を見上げて 35位 今日というこの日を生きていこう
20th 2005年10月5日 いつもどこかで 発散だー!! 48位 PRESENT
21st 2005年11月2日 プレゼント おいでよ 僕の国へ 13位
22nd 2006年3月15日 Lion 夜想 60位 [87]
23rd 2007年6月27日 惑星 Monkey Trick 67位 [88] 惑星
ディララ
SALTMODERATE
24th 2013年4月24日 純情 次男坊 62位 [89] ALL TIME BEST
25th 2013年11月27日 サーチライト スイカの種 feat.沖仁 32位 [90] GOLD
日本コロムビア / BETTER DAYS
26th 2022年5月18日 星路みち 23位 [91]
27th 2022年10月19日 Beautiful World feat.絢香 26位
ALDELIGHT
28th 2025年11月5日 ファンファーレ JUNK LAND -Live at 東京国際フォーラム 1997.11.22- 10位
MR. LONELY -Live at 東京国際フォーラム 1997.11.22-
閉じる

コラボレーション・シングル

さらに見る 名義, 発売日 ...
名義発売日タイトルc/w発売元
髙橋真梨子 with 玉置浩二 1992年11月21日貴方が生きたLove Song夕暮れにルージュビクターエンタテインメント
マリーン & 玉置浩二 1993年6月16日終わらないで I Love You窓〜愛は終らない東芝EMI
森山良子・玉置浩二 1994年2月21日手の中に…愛のそばへSony Records
PEOPLE
堀田家BAND 2013年11月6日サヨナラ☆ありがとう-ジェイ・ストーム
閉じる

オリジナル・アルバム

さらに見る 枚, 発売日 ...
発売日タイトル順位出典
Kitty Records
1st 1987年8月10日 All I Do 2位
2nd 1993年3月24日 あこがれ 4位
Sony Records
3rd 1993年9月22日 カリント工場の煙突の上に 17位
4th 1994年12月12日 LOVE SONG BLUE 18位
5th 1996年9月13日 CAFE JAPAN 4位
6th 1997年9月21日 JUNK LAND 9位
ファンハウス
7th 1998年5月27日 GRAND LOVE 12位
BMGファンハウス
8th 2000年4月26日 ニセモノ 19位
9th 2001年3月28日 スペード 25位
Sony Records
10th 2005年2月16日 今日というこの日を生きていこう 26位
11th 2006年4月5日 PRESENT [87]
12th 2007年8月1日 惑星 30位 [92]
SALTMODERATE
13th 2014年3月19日 GOLD 28位 [93][94]
閉じる

ライブ・アルバム

さらに見る 枚, 発売日 ...
発売日タイトル順位出典
Sony Records
1st 1995年9月21日T 49位
2nd 2005年7月27日 LIVE!! 「今日というこの日を生きていこう」 64位
3rd 2006年8月30日 06 PRESENT TOUR LIVE 発散だー!! 60位
4th 2008年3月26日 KOJI TAMAKI ’07 LIVE ☆惑星☆ 154位 [95]
SPACE SHOWER MUSIC
5th 2015年12月16日 玉置浩二LIVE旭川市公会堂 73位 [96]
6th 2024年2月21日 玉置浩二 Concert Tour 2022 故郷楽団 35th ANNIVERSARY 〜星路(みち)〜 in 仙台 40位
閉じる

セルフカバー/カバーアルバム

さらに見る 枚, 発売日 ...
発売日タイトル順位出典
BMGファンハウス
1st 1999年2月24日 ワインレッドの心 11位
SALTMODERATE
2nd 2012年10月24日 Offer Music Box 31位 [97][98]
SPACE SHOWER MUSIC
3rd 2014年12月3日 群像の星 〜GREAT STARS〜 31位 [99][100]
日本コロムビア
4th 2020年12月23日 Chocolate cosmos 21位 [71][101]
閉じる

ベスト・アルバム

さらに見る 枚, 発売日 ...
発売日タイトル順位出典
Kitty Records
1st 1994年8月25日 安全地帯/玉置浩二 ベスト 35位[102]
2nd 1995年8月25日 玉置浩二ベスト・ソングス・フォー・ユー 不明
Kitty Enterprises
3rd 1997年4月25日 EARLY TIMES〜KOJI TAMAKI IN KITTY RECORDS 不明
Sony Records
4th 1998年12月2日 田園 KOJI TAMAKI BEST 19位[103]
BMG JAPAN
5th 2003年5月21日 Best Harvest 65位[104]
ユニバーサルミュージック
6th 2003年11月26日 ゴールデン☆ベスト 玉置浩二 アーリー・タイムズ・プラス 不明
Sony Music Direct
7th 2011年12月21日 GOLDEN☆BEST 玉置浩二 1993-2007 229位[105] [106]
8th 2017年5月17日 ALL TIME BEST 11位[107] [108][109]
ステレオサウンド
9th 2020年3月22日 玉置浩二ベスト[注 2] 不明 [110]
Sony Music Direct
10th 2022年7月25日 THE BEST ALBUM 35th ANNIVERSARY 〜メロディー〜 12位[111]
閉じる

映像作品

さらに見る 枚, 発売日 ...
発売日タイトル出典
Kitty Records
1st 1987年11月1日 "All I Do" Filmed in U.K
Sony Records
2nd 1995年11月1日 最高でしょ?
3rd 1997年3月21日 SHALL I MAKE T FOR YOU? CAFE JAPAN TOUR
BMGファンハウス
4th 1998年3月21日 WE CAN BELIEVE IN OUR "JUNK LAND"
5th 1999年2月24日 "GRAND LOVE" A LIFE IN MUSIC
6th 2001年7月25日 このリズムで
Sony Records
7th 2005年11月2日 「今日というこの日を生きていこう」 LIVE in Zepp Tokyo
8th 2006年12月5日 '06「PRESENT」 TOUR LIVE
9th 2008年3月26日 KOJI TAMAKI '07 ☆惑星☆ TOUR LIVE [95]
10th 2014年4月2日 KOJI TAMAKI MUSIC VIDEOS 1996-2013 [112][113][114]
11th 2015年6月10日 GOLD TOUR 2014 [115]
12th 2021年8月18日 Chocolate cosmos 〜恋の思い出、切ない恋心
13th 2021年12月8日 billboard classics PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2021『THE EURASIAN RENAISSANCE “КАПЕЛЬ”(カペーリ)』LIVE
日本コロムビア
14th 2023年8月2日 玉置浩二 35th ANNIVERSARY CONCERT Special Collections "Arcadia" & "星路 (みち)"
閉じる

参加作品

提供作品

特記以外は全て作曲

タイアップ一覧

さらに見る 年, 曲名 ...
曲名タイアップ出典
1989年 キ・ツ・イ TBS系ドラマ『キツイ奴ら』主題歌 [109][131]
氷点 テレビ朝日開局30周年記念ドラマ『氷点』主題歌 [109][132]
I'm Dandy MIASS CMソング [109]
映画『右曲がりのダンディー』主題歌
行かないで フジテレビ開局30周年記念ドラマ『さよなら李香蘭』主題歌 [109][133]
1992年 貴方が生きたLove Song TBS系『ムーブ』エンディングテーマ
1993年 コール 映画『ナースコール』主題歌 [109]
終わらないで I Love You 日本テレビスーパーテレビ情報最前線』エンディングテーマ
元気な町 三菱地所CMイメージソング [109]
LOVE SONG 日本テレビ系ドラマ『おれはO型・牡羊座』主題歌 [109][134]
星になりたい 日本テレビ系ドラマ『おれはO型・牡羊座』挿入歌 [134]
1994年 SACRED LOVE 関西テレビ・フジテレビ系ドラマ「愛と疑惑のサスペンス『夢の帰る場所』」挿入歌・エンディングテーマ
1996年 メロディー TBS系『筑紫哲也 NEWS23』エンディングテーマ [109][135]
TBS系ドラマ『メロディ』挿入歌
愛を伝えて NHK総合バラエティーざっくばらん』1995年5月度テーマソング
田園 フジテレビ系ドラマ『コーチ』主題歌 [109][136][137]
1997年 MR.LONELY フジテレビ系ドラマ『こんな恋のはなし』主題歌 [109][138]
1998年 ルーキー 大鵬薬品工業チオビタドリンク2000』CMソング [109]
HAPPY BIRTHDAY〜愛が生まれた〜 日本メナード化粧品「ジュピエル モイストベールN」CMソング [109]
愛だったんだよ NHK「みんなのうた」1998年8月 - 9月放送曲 [139]
1999年 虹色だった テレビ朝日系ドラマ『はみだし刑事情熱系PARTIV』主題歌 [109][140]
夢のようだね レオパレス21 CMソング
2004年 しあわせのランプ テレビ朝日系いまどき!ごはん』エンディングテーマ [109][141]
2005年 いつもどこかで フジテレビ系秋のスペシャルドラマ『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』主題歌 [109][142][143]
プレゼント 日本テレビ系ドラマ『あいのうた』主題歌 [109][144][145]
2006年 Lion よみうりテレビ・日本テレビ系アニメ『エンジェル・ハート』第2期オープニングテーマ [87][109][146]
2007年 惑星 TBS系『2時っチャオ!』8・9月度エンディングテーマ
2013年 サーチライト 日本テレビ系ドラマ『東京バンドワゴン〜下町大家族物語』エンディングテーマ [147][148]
2018年 みんな夢の中 NHK BSプレミアム花へんろ 特別編「春子の人形」』主題歌 [149]
2022年 星路(みち) 映画『大河への道』主題歌 [150]
2025年 ファンファーレ TBS系日曜劇場ザ・ロイヤルファミリー』主題歌 [151]
JRA公式YouTubeチャンネル『2025年の名場面をもう一度〜あのレースの感動を再び〜』挿入歌 [152]
田園 サントリーホールディングス CMソング [153]
閉じる

出演作品

テレビドラマ

映画

音楽

テレビアニメ

CM

NHK紅白歌合戦出場歴

さらに見る 年度, 放送回 ...
年度放送回曲目出演順備考歌手別視聴率
1996年第47回田園13/2559.9%(1位
2020年第71回 2 田園(2回目) 特別企画 トリ前 41.9%(7位)
2024年 第75回 3 悲しみにさよなら 特別企画 トリ前(2)
2025年 第76回 4 ファンファーレ[184][注 3] 特別企画 トリ前(3)
閉じる

受賞歴

1996年
2026年

参考文献

  • 志田 歩『玉置浩二★幸せになるために生まれてきたんだから』イースト・プレス、2010年
  • 石原行雄「SPECIAL INTERVIEW 玉置浩二」(『アコースティック・ギター・マガジン』Vol.5、株式会社リットーミュージック、2000年、16ページ - 21ページ)

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI