割田康彦
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中之条町立第一小学校(現:中之条町立中之条小学校)入学(途中3年間シンガポール日本人学校)、中之条町立第一小学校卒業。
中之条町立第一中学校(現:中之条町立中之条中学校)卒業(吹奏楽部)。群馬県立渋川高等学校卒業(吹奏楽部部長:ユーフォニウム)。日本大学藝術学部映画学科中退。
1990年、林哲司に認められ、日本大学藝術学部在学中に作曲家としてデビュー[2]。1990〜1991年、林が代表を務めるサムライ・ミュージック・コーポレーションに所属。
1992〜1993年、作曲家を休業。
約1年間に及ぶ海外放浪(オーストラリア、 東南アジア)を経て、1994年、須藤まゆみと共にユニット「東京Qチャンネル」で東芝EMIよりデビュー。シングル8枚、アルバム2枚を発表(その他にベスト盤1枚、自主制作盤2枚)。
ラジオレギュラー番組「ラジオニアンQ殿(FM愛知)」「パワーレボリューション(FM仙台)」「チューニング・オン(FM横浜)」では自ら番組の構成演出を担当し、独自の笑いの世界を追求。
東京Qチャンネル活動休止後、株式会社レッドロック(研音グループ)に入社。音楽プロデューサー兼ディレクター兼作曲家兼編曲家として主に研音所属アーティストの作品に携わる。
2007年、研音退社後、音楽家仲間と共に株式会社レイヴンジャムファクトリーを設立し、代表取締役社長に就任。ピアニスト清塚信也のプロデュース・マネジメントを開始。
2010年、株式会社レイヴンジャムファクトリー解散と共に、株式会社フライングペンギンズにチーフ・プロデューサーとして参画、のちに取締役に就任。「必要の都度、作曲家・編曲家に変身」のスタンスで、俳優・脚本家であるマギー、放送作家・演出家の福田雄一の演劇舞台作品に多く携わるほか、音楽プロデュースを中心に活動を展開。
2011年、故郷である群馬県中之条町からの依頼により、同町の公式イメージソング「なかのじょうのうた」の作詞・作曲・編曲・プロデュースを手掛け、ジャズシンガーRyu Mihoによるピアノ伴奏VerおよびボサノバVer、中之条町民有志による町民Verなど全7バージョンを制作。2012年3月CD完成[3]。「日本で最もオシャレな町のうた」としてメディアに取り上げられる。
2013年より「作曲講座」及び「作詞家・作曲家ワークショップ」を本格始動し、後進の指導にあたる。
2014年、群馬県中之条町「ふるさとアドバイザー」に就任[4]。
2016年11月、テレビ東京系ドラマ『勇者ヨシヒコと導かれし七人』第7話にて、全ての劇中歌(ミュージカル曲)の作曲を手掛ける。
2017年4月、吉野家『菅田将暉スペシャル』TV-CM音楽を担当[5]。同曲は同年6月からオンエアの吉野家『サラ牛』のTV-CMにも使用される。
2018年1月、フリーランスとして活動開始。同年11月、初の著書『一発で記憶に残る曲を作る! 〈9つのルール〉』[6]を上梓[7]。Amazon音楽メソッドカテゴリーで第1位を記録[5]。 2020年6月、コロナ禍における密をテーマにしたコンピレーション・アルバム『密 -mitzdes-』全3シリーズを配信リリース[8][9][10]。
2020年11月、2冊目の著書『誰も教えたがらない!キャッチーなメロディの極意48』[11] を上梓[12]。Amazon歌謡曲/演歌カテゴリーで第1位を記録[5]。
2019年1月〜2025年6月の6年半の間、レインボータウンFMにて、DTMerおよびインディーズミュージシャンの紹介に特化したラジオ番組『ミュージックテラス』の企画・編集・パーソナリティを務める。