加藤紀子

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愛称 のりちゃん、カトノリ
生年月日 1973年1月30日
現年齢 52歳
かとう のりこ
加藤 紀子
プロフィール
愛称 のりちゃん、カトノリ
生年月日 1973年1月30日
現年齢 52歳
出身地 日本の旗 日本 三重県鈴鹿市
血液型 B型
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 164 cm / 49 kg
BMI 18.2
スリーサイズ 86 - 60 - 87 cm
靴のサイズ 24.5 cm
英米単位系
身長 / 体重 5 ft 5 in / 108 lb
スリーサイズ 34 - 24 - 34 in
靴のサイズ 10 in
活動
デビュー 1991年 -
備考 女優、元歌手
事務所 ジェイピィールーム
( - 2022年)
アップフロントクリエイト
(2023年 - )
モデル: テンプレート - カテゴリ

加藤 紀子(かとう のりこ、1973年1月30日 - )は、日本の女優タレント。本名:川辺 紀子(かわなべ のりこ、旧姓:加藤[1]三重県鈴鹿市出身[2]アップフロントクリエイト所属。東京都立代々木高等学校卒業。

1991年、オーディションでアイドルグループ「桜っ子クラブさくら組」の一員として選ばれ、テレビ朝日系『桜っ子クラブ』に出演。同番組が終了した1994年後半から徐々にテレビ番組ラジオ番組への露出が多くなる。特にテレビ東京系で放送していた任天堂一社提供ゲーム関連番組(「マリオ」シリーズ)3本を約5年にわたって渡辺徹と共に司会を務め、当時の子供たちにも人気を博した。

1992年7月25日、シングル『今度私どこか連れていって下さいよ』(森高千里の同名曲のカバー)でワーナーミュージック・ジャパンから歌手デビュー。アップフロントワークスへの移籍を経て、2005年までにシングル12枚、アルバム5枚をリリース。

2000年からフランス語学留学したため、芸能活動を休業していたが、1994年から1999年の最終回まで出演していた日本テレビクイズ番組マジカル頭脳パワー!!』の復活スペシャル出演のため、2001年末に途中帰国。2002年春に2年間の留学を終え[3]、芸能界へ復帰。

帰国後は、留学前のようなバラエティ番組への出演は落ち着いた一方で、ラジオやインターネットにも活動の場を置いている。所属事務所を同じくするハロー!プロジェクト関連の仕事も多い。

2005年12月27日、11歳年上のクリエイティブ・ディレクター、若槻善雄との結婚を発表。2006年1月1日に婚姻届を提出。その後夫婦で世田谷の一軒家に引っ越したが、お互いに国内外を飛び回る生活ですれ違いが生じた[2]

2010年4月15日、若槻と離婚。離婚後は代々木上原に転居[2]

2013年3月3日、TOKYO No.1 SOUL SETの川辺ヒロシと再婚[4]。再婚後は都内のマンションで暮らしている[2]

2023年1月1日、所属事務所をジェイピィールームからアップフロントクリエイトへ移籍。

2024年7月10日、ワーナーミュージック・ジャパンよりリリースされた楽曲を各サブスクリプション型(定額制)音楽ストリーミングサービスで配信開始[5]。同年8月13日、アップフロントワークスよりリリースされた楽曲も合わせて全楽曲を配信開始[6]

エピソード

芸能界入り

鈴鹿市で両親と4歳上の兄のもとで育ち、両親は隣町の四日市市で飲食店(昼は定食屋、夜は居酒屋)を営んでいた[2]。母親は店に働きに行った後子どもたちの夕食作りのために一時帰宅し、それを終えると再び店に戻っていた。父とは会話する時間がほとんどなかったため、子供の頃は交換日記でコミュニケーションを取っていた[2]。保育園の卒園アルバムに「ピンク・レディーみたいになりたい」と書くなど、幼い頃から歌手に憧れていた[2]

高校進学後に名古屋の歌の学校に通い始め、1990年(3年生の頃)に本格的に歌手を目指すため上京を決意。父親との話し合いで、「いい加減な気持ちでやらない」との誓約書を交わして許可を得た[2]。知人のつてを頼って単身上京した後三軒茶屋のアパートで暮らし、以降夜間高校に通いながらデビューを目指した。この頃は実家からの仕送りだけでは足りず、節約のため学校には毎日1時間ほどかけて徒歩で通った[2]

1991年に選ばれた「桜っ子クラブさくら組」では、メンバーたちとはアイドルとしてライバル意識を持ちながらも、同じ道を志す仲間という関係だった[注釈 1]。この活動を通じて翌年の春に芸能事務所会長と出会ったことで、同事務所所属と歌手デビューが決まった。ソロ歌手としては売れなかったが、しばらくして様々な人気バラエティ番組[注釈 2]への出演が決まり、寝る間もないほど忙しくなった[2]

フランス留学

20歳のある日、たまたま聴いたフランス・ギャルの音楽が心に刺さったことがきっかけとなり、フランス文化に惹かれ始めた[2]。その後20代後半で仕事をもらえることに感謝しつつも、「流れの早い芸能界の中で自分に何が残るんだろう」との悩みが生じ、「何か取り柄を身につけよう」との想いからフランス語を学ぶことを決意[注釈 3]。事務所会長やマネジャーなどに留学の意思を告げると、ひとまず3ヶ月間の約束で1999年にタレント活動を休止して渡仏した[2]

パリの語学学校に通ったがフランス語が思うように身につかず、意思疎通できないもどかしさを感じたまま3ヶ月が過ぎる[2]。一時帰国して気持ちをリセットし、事務所に留学の延長を申し出た後、パリの別のマンションに引っ越して語学学校に通い直す[注釈 4]。結局先の3ヶ月と合わせて計約2年間に及ぶ留学生活となり、フランス語の修得と「後悔しない生き方」を得た[注釈 5]。留学の2年の間に仕事現場が様変わりし[注釈 6]、本人が30代にさしかかることもあり、仕事について見直す機会になった。以前は苦手で断ってた仕事も積極的に受け入れてやるようになった。

その他

常盤貴子とは深夜ミニドラマ『シャンプータイム』(日本テレビ系)で共演して以来の親友で、舞台公演やトーク番組出演などの際、互いにお花を送り合ったりしている。

「桜っ子クラブ」の企画で淡谷のり子を訪問した際に、訪問したメンバーの中で唯一「歌手としての素質がある」と言われた。

2007年11月に『ズバリ言うわよ!』(TBS系)に出演した際、細木数子から「37、8〜40歳までに離婚すると思います」と予言を受けた。その後、予言が的中し実際に当時37歳で若槻と離婚する結果となった。

10代後半の頃、下剤を使った減量を試み、通常2錠位で済ませるところを7・8錠飲んでいたが、当然体を傷める結果となり下血が出たことからやめたという[7]

兄がおり、名古屋市内でおでん屋「花月」を経営していたが[8]、2013年3月閉店[9]

川辺ヒロシとの婚姻届の証人は、加藤がデビュー当時から世話になっている明石家さんまと、川辺が昔から親しい石野卓球が務めた[10][2]

上京から現在(2022年9月時点)までの約30年の間に、都内で10回以上引っ越しを経験している[2]。引っ越しの理由はいくつかあるが、20代の頃は住所がなぜかファンにすぐにバレてしまうことから、2年前後で引っ越しを繰り返していた[注釈 7]

趣味は畑仕事。2010年前後にテレビの仕事で野菜づくりを経験したことがきっかけで、以降農家に畑を借りて色々な野菜を栽培している。

豆腐が大好物で、それが高じて2017年3月に豆腐マイスターの資格を取得[11][12]。2018年4月には全国豆腐連合会日本豆腐マイスター協会公認の「お豆腐親善大使」に就任し[12]、全国豆腐品評会や様々なイベントで活躍している[13]。2025年9月には豆腐マイスターの上級編である豆腐マイスターアドバンスに合格を果たし、食育豆腐インストラクターになった[14][15]

音楽

フレンチ・ポップスに造詣が深く、フランス留学のきっかけになるほど。自身も2005年のアルバム『Les oiseaux bleu』で本格的にフレンチ・ポップスの名作をカバー。

ライブではギター、パーカッションからなる少人数の際に、自身もピアニカを演奏することもある。

ホフディランスチャダラパー、フランスのミュージシャンではマチュー・ボガートなどと交流がある。

主な出演作品

テレビドラマ

バラエティ

ドキュメンタリー・教養番組

ラジオ

ネット

  • tiny tiny(#1 - #124、2017年10月26日 - 2020年3月27日、YouTube) - MC

CM

ミュージカル

ディスコグラフィ

シングル

発売日 タイトル c/w 規格品番 オリコン最高位
ワーナーミュージック・ジャパン
1st 1992年7月25日 今度私どこか連れていって下さいよ
作詞:森高千里
作曲:斉藤英夫
編曲:斉藤英夫
引き裂かないで二人を
作詞:森高千里
作曲:斉藤英夫
編曲:斉藤英夫
WPDL-4307 69位
2nd 1993年8月25日 思いきり泣いていい
作詞:森ゆり子
作曲:斉藤英夫
編曲:斉藤英夫
いつの日か
作詞:小野哲也
作曲:都志見隆
編曲:水島康貴
WPDL-4330 96位
3rd 1994年1月25日 この道を歩いてく
作詞:坂田和子
作曲:茂村泰彦
編曲:林有三
Melody
作詞:手塚千鶴
作曲:伊秩弘将
編曲:林有三
WPDL-4381 95位
4th 1994年4月1日 電車のひと
作詞:岩切修子
作曲:濱田理恵
編曲:高橋諭一
HISTORY BOOK
作詞:須貝智子
作曲:鶴由雄
編曲:鶴由雄
WPDL-4389 圏外
One Up Music
5th 1995年10月10日 Truth
作詞:三浦徳子
作曲:はたけ
編曲:高橋諭一
一人の夜
作詞:加藤紀子
作曲:高橋諭一
編曲:高橋諭一
EPDA-18 33位
6th 1996年2月26日 元気でいるよ
作詞:吉川みき
作曲:吉川みき
編曲:白井良明
口笛ふいて
作詞:加藤紀子
作曲:高橋諭一
編曲:高橋諭一
EPDA-23 40位
7th 1996年5月10日 冷たくして下さい
作詞:加藤紀子
作曲:勝山俊一郎
編曲:岩本正樹
さよならLazy Days
作詞:三谷泰弘
作曲:三谷泰弘
編曲:三谷泰弘
EPDA-25 42位
8th 1996年10月10日 小さな幸せ
作詞:加藤紀子
作曲:三木拓次
編曲:今井裕
陽気にいこう
作詞:加藤紀子
作曲:高橋諭一
編曲:高橋諭一
EPDA-31 35位
9th 1997年6月25日 Invitation
作詞:平松愛理
作曲:アルベルト城間
編曲:清水信之
そばにいてほしい
作詞:三浦徳子
作曲:岩本正樹
編曲:岩本正樹
EPDA-39 59位
10th 1998年1月15日 ふゆがきた
作詞:康珍化
作曲:吉田拓郎
編曲:武部聡志
春の匂い
作詞:加藤紀子
作曲:GONTITI
編曲:GONTITI
EPDA-52 59位
zetima
11th 1999年1月13日 はなればなれに?
作詞:加藤紀子
作曲:カジヒデキ
編曲:カジヒデキ
悲しい言葉
作詞:加藤紀子
作曲:堀江博久
編曲:堀江博久
EPDE-1019 77位
12th 1999年5月12日 いちご
作詞:加藤紀子
作曲:堀江博久
編曲:堀江博久
a・b・cのうた
フランス古謡
編曲:加藤紀子
EPDE-1032 圏外
13th 2000年2月19日 いつか王子様が
作詞:小西康陽
作曲:小西康陽
編曲:小西康陽
ジャズる心 (French/Hot Mix Version)
作詞:ロベール・ギャル
作曲:アラン・ゴラゲール
編曲:岡村みどり
EPCE-5040 圏外
ジャズる心 (Japanese/Cool Mix Version)
作詞:ロベール・ギャル
日本語詞:加藤紀子 & 本城和治
作曲:アラン・ゴラゲール
編曲:岡村みどり

アルバム

オリジナル・アルバム

発売日 タイトル 規格品番 オリコン最高位
ワーナーミュージック・ジャパン
1st 1994年3月10日 de beaux WPCL-814 圏外
One Up Music
2nd 1996年5月25日 flower diamond EPCA-7007 42位
3rd 1998年2月5日 souvenir EPCA-7014 40位
zetima
4th 1999年5月21日 la fraise EPCE-5019 圏外

カバー・アルバム

発売日 タイトル 規格品番 オリコン最高位
zetima
1st 2005年5月11日 Les oiseaux bleu EPCE-2032 圏外

映像作品

発売日 タイトル 規格品番
ワーナーミュージック・ジャパン
1st 1992年9月25日 今度私どこか連れていって下さいよ WPVL-8518
One Up Music
2nd 1996年11月11日 小さな幸せ EPVA-4

タイアップ曲

楽曲タイアップ
今度私どこか連れていって下さいよテレビ朝日系『BIN-BIN HOUSE』エンディングテーマ
思いきり泣いていいテレビ東京系『スーパーマリオクラブ』エンディングテーマ
この道を歩いてくテレビ朝日系『BIN-BIN HOUSE』エンディングテーマ
電車のひと資生堂『ビセット』イメージソング
TruthJR東日本ビューカード とれTEL』CMソング
テレビ東京系『スーパーマリオクラブ』エンディングテーマ
元気でいるよJR東日本『ビューカード』CMソング
テレビ東京系『スーパーマリオクラブ』エンディングテーマ
冷たくして下さいハウス食品『冷製スパゲッティ』CFイメージソング
テレビ東京系『スーパーマリオクラブ』エンディングテーマ
小さな幸せJR東日本『ビューカード』CMソング
ABC・テレビ朝日系『大発見!恐怖の法則』エンディングテーマ
ふゆがきた日本テレビ系『TVおじゃマンボウ』エンディングテーマ
はなればなれに?国内信販KC CARD WAKU WAKU 1・2・3キャンペーン』CMソング

書籍

脚注

外部リンク

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