司馬尚 (戦国)

From Wikipedia, the free encyclopedia

司馬 尚(しば しょう、生没年不詳)は、中国戦国時代将軍

生涯

紀元前233年王翦を大将として趙を攻めてきたので、幽繆王李牧と司馬尚を将として対抗させた。趙は秦軍を破り(肥下の戦い番吾の戦い)、これを退けた[1]

紀元前229年、秦が王翦、楊端和羌瘣を将として趙を攻めた。攻めあぐねた王翦は趙の佞臣郭開を買収して反間計を施し、幽繆王に李牧と司馬尚が反逆を企んでいると讒訴させた。幽繆王は李牧を解任し、代わりに趙葱と将・顔聚を置いた。李牧はこれに従わなかったため密かに処刑され、司馬尚は罷免された。その後、約3ヵ月で趙は滅びた[2]

脚注

参考

Related Articles

Wikiwand AI