城東村 (静岡県小笠郡)
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地理
歴史
沿革

1955年(昭和30年)1月1日に静岡県小笠郡の佐束村と土方村が合併して、城東村が発足した。同年2月に山崎金一が初代村長に就任した[5]。1956年(昭和31年)9月30日には中村を編入した。1957年(昭和32年)9月1日には、城東村の大石の一部が小笠町に編入されるとともに、城東村の中の一部が大浜町に編入された。1958年(昭和33年)1月1日には城東村の大石の一部が小笠町に編入された。同年4月1日には城東村の海戸の一部が小笠町に編入された。
山崎金一は1958年(昭和33年)4月に村長を退任し[5]、同年4月に岡本善夫が後任の村長に就任した[5]。岡本善夫は1962年(昭和37年)4月に村長を退任し[5]、同年4月に赤堀孫平が後任の村長に就任した[5]。1973年(昭和48年)4月1日、城東村と大浜町が合併して大東町が発足した。それに伴い、同年4月1日に城東村は廃止された。
年表
行政
歴代村長
| 城東村 村長 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | |
| 1 | 山崎金一 | 1955年2月 | 1958年4月 | |
| 2 | 岡本善夫 | 1958年4月 | 1962年4月 | |
| 3 | 赤堀孫平 | 1962年4月 | 1966年4月 | |
| 4 | 1966年4月 | 1970年4月 | ||
| 5 | 1970年4月 | 1973年3月 | ||
経済
教育
神社仏閣




村内には多数の神社が鎮座しており、人々の信仰を集めていた。かつての郷社としては、高天神社が鎮座していた[6]。高天神社は高天神城を守護する神社として知られている。かつての村社としては、春日神社[7][8]、二宮神社[7][8]、八幡神社[8]、小笠神社[8]、素我神社[8]、比奈多乃神社[8]、津島神社[8]、小谷神社[8]、八坂神社[8]、八幡神社[8]、神明神社[8]、赤山神社[8]、津島神社[8]、が鎮座していた。かつての無格社としては、白山神社[7][9]、猿田彦神社[7][9]、山王神社[9]、などが知られている。なお、小笠神社は1919年(大正8年)に郷社に昇格し[10]、1945年(昭和20年)には県社に昇格した[10]。小笠神社は大須賀町に鎮座する三熊野神社や浜岡町に鎮座する高松神社とともに文武天皇の命により熊野三山から勧請されたため「遠州の熊野三山」と称される。
なお、城東村の中でも旧中村に鎮座する神社のほとんどは、村に満勝寺が創建された後に建てられた[11]。また、高天神城の戦いの直後に創建や再興されたものが多いが[11]、これは戦乱により避難を余儀なくされていた住民が帰村し祭祀を再興したためとみられる[11]。具体的には、1086年に素我神社が創建され[11]、同年(旧暦応徳2年)に天王社が勧請された[11]。1447年には八幡社が[11]、1491年には神明社が[11]、それぞれ創建された[11]。1586年には赤山神社が創建され[11]、1587年には八坂社・八幡社が修築されるとともに[11]、同年には諏訪神社も創建された[11]。1649年には白山神社が創建された[11]。
一方、村内には多数の寺院や堂宇も創建され、人々の信仰を集めていた。八相寺[7]、宗禅寺[7]、意正院[7][12]、弘法堂[7]、浮島堂[7]、地蔵堂[7]、などが知られている。
交通
村内に鉄道は敷設されておらず、駅も設置されていない。主要な道路は下記のとおりである。道路の呼称は現在のものである。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
出身の人物
- 靑野卯吉(銀行家・政治家) - 土方村村長
- 石川嘉延(自治官僚・政治家) - 静岡県知事
- 鵜藤俊平(水泳選手) - ベルリンオリンピック銀メダリスト
- 加藤定吉(実業家・政治家) - 衆議院議員
- 菅沼五十一(詩人) - 浜松ユネスコ協会会長
- 杉浦佳子(自転車競技選手)[15][16][17][18] - VC福岡選手
- 鈴木登(内務官僚・政治家) - 青森県知事、長野県知事
- 高塚龜次郞(教育者・政治家) - 土方村村長
- 竹內薰兵(医師・医学者) - 竹内病院院長
- 角替九郞平(農家・政治家・銀行家) - 土方村村長
- 角替弘志(教育学者) - 常葉学園大学学長
- 角替利策(農芸化学者) - 絹業試験所技師
- 寺崎乙治郎(ジャーナリスト・政治家) - 静岡県会議長
- 原川孫九郞(政治家) - 佐束村村長
- 增田又右衞門(教育者) - 北浜高等女学校校長
- 松本亀次郎(言語学者・教育者) - 東亜高等予備学校教頭
- 山下宗一郎(実業家) - 山下工業研究所社長
- 吉岡彌生(医師・医学者) - 東京女子医科大学学頭
- 鷲山恭平(社会運動家・実業家・政治家) - 大日本報徳社副社長
- 鷲山恭彦(文学者・社会運動家) - 東京学芸大学学長



