今瀧寺 (掛川市)
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位置
北緯34度42分33.53126秒 東経138度1分34.85597秒 / 北緯34.7093142389度 東経138.0263488806度座標: 北緯34度42分33.53126秒 東経138度1分34.85597秒 / 北緯34.7093142389度 東経138.0263488806度
北緯34度42分33.53126秒 東経138度1分34.85597秒 / 北緯34.7093142389度 東経138.0263488806度座標: 北緯34度42分33.53126秒 東経138度1分34.85597秒 / 北緯34.7093142389度 東経138.0263488806度山号
如意輪山
宗派
高野山真言宗
| 今瀧寺 | |
|---|---|
|
今瀧寺の航空写真 (2020年6月16日撮影) | |
| 所在地 | 静岡県掛川市今滝213番地 |
| 位置 |
北緯34度42分33.53126秒 東経138度1分34.85597秒 / 北緯34.7093142389度 東経138.0263488806度座標: 北緯34度42分33.53126秒 東経138度1分34.85597秒 / 北緯34.7093142389度 東経138.0263488806度 |
| 山号 | 如意輪山 |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 如意輪観世音菩薩 |
| 創建年 |
729年 (旧暦天平元年) |
| 開山 | 行基 |
| 開基 | 聖武天皇 |
| 中興年 |
1622年 (旧暦元和8年) |
| 札所等 |
遠江三十三観音霊場 遠州小笠郡南部 新四国八十八ヶ所霊場 |
| 文化財 |
イヌマキ2本 ソテツ2本 |
| 公式サイト | 高野山真言宗 如意輪山 今瀧寺|静岡県掛川市 遠江三十三観音霊場 第三十二番 |
| 法人番号 | 3080405004775 |
今瀧寺(こんりゅうじ、英語: Konryū-ji)は、静岡県掛川市の寺院である。山号は如意輪山(にょいりんざん)。旧寺号は正瀧寺。
本尊
歴史
今瀧寺の起源は奈良時代にまで遡る。聖武天皇の勅願により[1][3]、729年(旧暦天平元年)に行基が創建した[1][3]。行基は養老年間(717年~724年)の前よりこの地方で教化事業を展開したとされるが[3]、小笠山を挟んで法多山の反対側にあたるこの地に着目した[3]。山や水に縁のあるこの地を霊場に見立てて[3]、行基は精舎を設け説法に勤しんだという[3]。この精舎が今瀧寺の起源とされている。
当初は正瀧寺と称しており[3]、鎌倉時代に入って1204年(旧暦元久元年)になると十二坊観音堂が建立された[3]。戦国時代に入ると、遠江国は度々戦乱に巻き込まれるようになる。正瀧寺も高天神城の戦いに巻き込まれ[1]、堂宇伽藍は全て焼失した[1]。その際に文化財や記録などは全て失われた[1]。これまでは真言密教の道場として興隆を誇っていたが[1][3]、この戦渦により往時の輝きを失った。
江戸時代に入り、1615年(旧暦元和元年)に今瀧寺と改称された[3]。1622年(旧暦元和8年)、この地の住民により再興を果たした[1][3]。江戸時代の国学者である内山真龍の『遠江国風土記伝』によれば、今瀧寺には朱印地として5石が安堵されていた[2]。現在は高野山真言宗に属している[3]。