堰 (川崎市)
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| 堰 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯35度36分51秒 東経139度35分44秒 / 北緯35.614144度 東経139.595547度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 行政区 | 多摩区 |
| 人口情報(2025年(令和7年)12月31日現在[1]) | |
| 人口 | 7,811 人 |
| 世帯数 | 4,276 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.603666529 km² | |
| 人口密度 | 12939.26 人/km² |
| 設置日 | 1988年(昭和63年)2月1日 |
| 郵便番号 | 214-0022[3] |
| 市外局番 | 044(川崎MA)[4] |
| ナンバープレート | 川崎 |
歴史
江戸時代
開墾は1594年(文禄3年)、新座郡上保谷村(現:西東京市)から移り住んだ6家によって行われたと伝わっており、そのうちの保谷家が村の名主を代々務めた[6]。村内は全域が江戸時代を通じて天領であった[6]。開発が新しいこともあって、正保期の『武蔵田園簿』では全域が見取場とされていたが[6]、その後の『元禄郷帳』では130石あまりと正式な村高が設定され[8]、のちの『天保郷帳』や幕末の『旧高旧領取調帳』では138石余となっていた[8]。年貢以外の賦役として、1735年(享保20年)から川崎宿の加助郷を務めた[9]。これらの賦役の負担を減らすため、村では土地を狭く申告しており、そのような事情も地名に痕跡が残されている[10]。
集落は龍厳寺の周辺に形成されており、現在の堰一丁目は河原(堤外地)であった[7]。また、交通路として対岸の喜多見とを渡船が結んでいた[7]。
明治以降
明治維新以降、当地は神奈川県に属し、行政上は堰村→稲田村→稲田町→川崎市と推移していった。明治以降はもと堤外地の河原も畑となったが、砂地だったこともあり桃や梨の栽培が行われた[7]。この果樹栽培は戦前に最盛期を迎えたが、戦時中には食糧増産のために伐採された[11]。
戦後には果樹栽培も復興したが、桃には連作の問題もあって衰退し、梨栽培が広がり、水田までもが梨畑へと化して、昭和40年代(1965年 - 1974年)に最盛期を迎えた[7]。一方、戦後には宅地化も進み、河原だった現在の一丁目にも、1954年(昭和29年)には一部に町内会が設置されている[7]。
1980年(昭和55年)には、多摩区内の農業集落では土淵・稲田堤に次ぐ50haの梨園があった[12]。堰は東急グループと契約し、神奈川県内の幼稚園から団体バスを受け入れていた[13]。
地名の由来
開拓にあたって、多摩川に堰を築いたことが由来とされるが、その堰の詳細について、現代まで残ってはいない[6]。
沿革
- 1594年(文禄3年)- 開墾される。
- 1735年(享保20年)- 川崎宿の加助郷を務める。
- 1868年(明治元年)- 明治維新。当地は神奈川県に属する。
- 1874年(明治7年)- 大区小区制施行により、当地は第5大区第8小区に属する[11]。
- 1889年(明治22年)- 町村制施行により、稲田村が成立。堰はその大字となる。
- 1932年(昭和7年)- 稲田村が町制を施行し、稲田町となる。稲田町堰となる。
- 1938年(昭和13年)- 稲田町が川崎市に編入される。川崎市堰となる。
- 1961年(昭和36年)- 神奈川県立向の岡工業高等学校が開校[11]。
- 1972年(昭和47年)- 川崎市が政令指定都市へ移行。川崎市多摩区堰となる。
- 1988年(昭和63年)- 住居表示の実施に伴い堰を廃し、堰1丁目、堰2丁目、堰3丁目が設置される。
世帯数と人口
2025年(令和7年)12月31日現在(川崎市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 堰1丁目 | 1,938世帯 | 3,594人 |
| 堰2丁目 | 1,153世帯 | 2,201人 |
| 堰3丁目 | 1,185世帯 | 2,016人 |
| 計 | 4,276世帯 | 7,811人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[14] | 6,285 |
| 2000年(平成12年)[15] | 6,593 |
| 2005年(平成17年)[16] | 6,866 |
| 2010年(平成22年)[17] | 6,874 |
| 2015年(平成27年)[18] | 7,039 |
| 2020年(令和2年)[19] | 7,706 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[14] | 2,635 |
| 2000年(平成12年)[15] | 2,808 |
| 2005年(平成17年)[16] | 2,982 |
| 2010年(平成22年)[17] | 3,171 |
| 2015年(平成27年)[18] | 3,368 |
| 2020年(令和2年)[19] | 3,823 |
学区
事業所
交通
施設

- 多摩警察署堰交番
- 川崎堰郵便局
- 神奈川県立向の岡工業高等学校
- こひばり保育園
- 龍厳寺保育園
- 宿河原公園
- 堰北公園
- 堰堤公園
- 八幡堀緑地
- 堰稲荷神社
