大石港与
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| 選手情報 | ||||
| フルネーム | 大石 港与 | |||
| ラテン文字 | Minato Ohishi | |||
| 愛称 | みなよ | |||
| 国籍 |
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| 競技 | 陸上競技 | |||
| 種目 | 長距離走 | |||
| 所属 | トヨタ自動車 | |||
| 大学 | 中央大学法学部卒業 | |||
| 生年月日 | 1988年5月19日(37歳) | |||
| 生誕地 |
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| 身長 | 162cm | |||
| 体重 | 49kg | |||
| 自己ベスト | ||||
| 1500m | 3分49秒44(2007年) | |||
| 3000m | 8分21秒79(2011年) | |||
| 5000m | 13分36秒40(2014年) | |||
| 10000m | 27分48秒56 (2016年) | |||
| ハーフマラソン | 1時間01分15秒(2023年) | |||
| 30km | 1時間34分16秒 (2015年) | |||
| マラソン | 2時間08分52秒(2020年) | |||
| 編集 | ||||
大石 港与(おおいし みなと、1988年5月19日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。静岡県出身。静岡県立富士東高等学校、中央大学卒業。元トヨタ自動車所属。現在は中央大学陸上競技部プレイングコーチ。
- 陸上競技を始めたのは小学校4年生。当時肥満体質で保健の先生から走ることを勧められた。
- 大学時代箱根駅伝では出場した3大会すべてで山登り5区を担当。実業団入り後ニューイヤー駅伝では最も過酷とされる試練の5区を2015年現在までに3回走りいずれも区間上位(4位-2位-1位)となるなど、登りやタフなコースを得意とする。[1]
- 大学3年時の第41回全日本大学駅伝では最終8区を担当。襷を受けた時点でチームは8位、翌年のシード権獲得となる6位までのタイム差は34秒あった。しかし自身は区間2位、日本人ではトップとなる好走でチームは総合6位となり、中大に翌年シードをもたらした[2]。
- 2014年の第98回日本選手権では10000mに出場し、4連覇を達成した佐藤悠基(日清食品グループ所属)、3年連続準優勝となった大迫傑(当時日清食品グループ所属)という実力者2人に次ぐ3位に入った。(記録:28分37秒60)[3]
- 同じく2014年の第26回国際千葉駅伝日本代表に選出され5区を担当し、日本の優勝に貢献した。[4]
- 2015年元日のニューイヤー駅伝では3年連続となる5区を担当。コニカミノルタの宇賀地強・日清食品グループの小野裕幸との序盤から終盤まで続いた三つ巴の戦いをラストスパートで制し、トップでタスキを繋ぎ区間賞を獲得。トヨタ自動車はその勢いに乗り、6区田中秀幸・7区早川翼も区間賞の走りでトップを譲ることなく4年ぶり2度目の優勝を果たした。当時社会人4年目で26歳の大石が最年長となる平均年齢23歳の若いチームでの優勝であった。[5]
- 2015年4月からチームのキャプテンを務める。
- 2016年2月に行われた全日本実業団ハーフマラソンで日本人2位に入り、同年に開催される世界ハーフマラソン選手権大会の日本代表に選出された。[6]
- 2017年元日のニューイヤー駅伝では3連覇を目指して3区にエントリー。チームは公田中継所で23位と下位で襷を受け取ったが、20人のゴボウ抜きで3位に順位を上げた。この時のタイム37分57秒は区間歴代2位の好記録で区間賞を獲得した。チームは4区以降も全員が区間5位以内と好走だったものの、旭化成に次ぐ2位に終わり3連覇はならなかった[7]。
- 2022年に母校である中央大学陸上競技部長距離ブロックのプレイングコーチに就任した[8]。
- 2024年の東京マラソンをもって現役を引退した[9]。