大黒和広
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1970年に岩見沢市立総合病院で予定日から遅れること3週、母の誕生日に合わせるかの様に大黒家の長男として誕生[1]。その後、夕張市で育つ[1]。
赤ちゃんの頃から水難があり、その時は風呂で溺れたり、池で溺れたり、父が勤めていた学校の下水槽でもダメだったという[1]。
昔から陸の上でのスポーツが万能で、その後は野球少年となり、地区大会ではピッチャーとして、投打に活躍して最優秀選手賞を受賞[1]。
中学時代に帯広市に居住[1]。その頃父を亡くすものの、大黒は野球に打ち込んでいた[1]。
仙台育英学園高等学校に進学後は野球一筋の寮生活を送っていた[1]。高校卒業後、役者を目指すという進路で養成所に入所することを選ぶ[1]。しかし、母の理解のもと上京[1]。一度は実家に帰郷しており、その時は役者を辞めようと思った[1]。しかし、辞められず、母は常に応援してくれたという[1]。
1989年に俳協俳優養成所を経て、青年座研究所に所属[4] 。その後劇団新人会に所属[4]。
以前は九プロダクションに所属していた。また舞台俳優でもあり、劇団朋友でも活躍していた[1][4]。2010年に演劇集団「亜路企画」を立ち上げる。