太田敦也

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ポジション センター
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-06-04) 1984年6月4日(41歳)
太田敦也
Atsuya Ohta
引退
ポジション センター
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-06-04) 1984年6月4日(41歳)
出身地 愛知県の旗 愛知県豊川市
身長(現役時) 206cm (6 ft 9 in)
体重(現役時) 112kg (247 lb)
キャリア情報
出身 日本大学
永久欠番  8 
選手経歴
2007-2025 オーエスジーフェニックス東三河(JBL)
浜松・東三河フェニックス(bjリーグ)
三遠ネオフェニックス(B.LEAGUE)
選手情報 ウィキデータを編集 B.LEAGUE.jp
代表歴
キャップ 2003年 キリンカップ

太田 敦也(おおた あつや、1984年6月4日 - )は、愛知県豊川市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはセンター

9歳でバスケットボールを始める[要出典]豊川市立東部中学校時代に中村和雄の目に止まり、その素質を高く評価される[要出典]

2000年4月、千葉県柏市立柏高等学校に進学。入学してすぐレギュラーの座を獲得し、同年の全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)に出場。1回戦で育英高校に敗退。5ファウルで退場したが、7得点する[要出典]。2年生時の2001年インターハイでは3回戦まで勝ち上がり、3試合全てで2桁得点を記録[要出典]。同年の第32回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)にも出場し、3回戦まで進出した。3年生時の2002年インターハイ、第33回ウィンターカップ両大会に出場し、ともに3回戦まで進出した。

日本大学を経て、2007年に中村和雄がヘッドコーチを務めるJBLのオーエスジーフェニックス東三河に加入。チームが2008-09シーズンよりbjリーグに転籍し、浜松・東三河フェニックスにチーム名を変更した後も残留。2009-10シーズンおよび2010-11シーズンのbjリーグ連覇に貢献した。

2011年、日本代表候補に選出。bjリーグからは石崎巧に次いで2人目、自身としては日大在籍時の2003年以来8年ぶりとなる。9月、アジア選手権に出場。 2011-12シーズン、bjリーグベスト5に初選出される。

2012年も日本代表候補に選出され、ウィリアム・ジョーンズカップのメンバーに選ばれた[1]

2025年6月27日に引退を表明した。引退後は三遠のフロントスタッフとして活動する[2]。2025年10月11日に現役時代の背番号「8」が三遠の永久欠番に制定された[3]

経歴

  • 豊川市立東部中 - 柏市立柏高 - 日本大学 - オーエスジーフェニックス東三河/浜松・東三河フェニックス/三遠ネオフェニックス
日本代表歴

主な成績

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
JBL 07-08 オーエスジー 2712.635.7---66.70.40.10.00.00.10.5
bj 08-09 浜松 52316.858.9---58.83.60.60.60.40.52.6
bj 09-10 浜松 501918.648.5---52.04.10.90.50.40.82.1
bj 10-11 浜松 46120.147.5---48.64.11.00.40.30.92.9
bj 11-12 浜松 521625.860.0---64.05.10.70.80.51.15.7
bj 12-13 浜松 522623.544.512.568.25.30.90.80.31.16.9
bj 13-14 浜松 524521.645.912.566.04.11.20.70.41.36.5
bj 14-15 浜松 524219.444.4---67.22.71.10.30.21.13.9
bj 15-16 浜松 503126.248.8---68.54.91.10.60.41.56.3
B1 16-17 三遠 60423.352.70.067.94.31.00.20.61.07.4
略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー数  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ  *  リーグリーダー    優勝シーズン

騒動

2015年7月17日に東京都内で行われた韓国の軍隊チーム「尚武」との練習試合中に相手チームの選手に両手で胸元を小突かれ、応戦すると韓国チーム全員がベンチから飛び出してきて太田を攻め、乱闘寸前の騒ぎとなった。日本人選手やスタッフらが間に入って騒動は収束した[4]

脚注

関連項目

外部リンク

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