女方遺跡
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顔面付壺形土器
東京国立博物館展示。鬼怒川左岸の河岸段丘上にある。東側の縄文時代草創期から平安時代にかけての「本田前遺跡」とは、隣接ないしこれに含まれる包蔵地とされている[3]。
医学博士の田中國男によって1939年(昭和14年)から3ヵ年に渡り発掘調査が行われ、40基余りの再葬墓とみられる土坑や埋甕などが出土した。田中により、1944年(昭和19年)に弥生時代中期の祭祀(再葬墓群)遺跡として学会に報告された[4]。
弥生時代中期の再葬墓が見つかったのは東日本で初めてである。ここで発見された「人面付壺形土器」は、東京国立博物館に展示されている[2]。再葬墓とは、一度白骨化させた遺体を、蔵骨器となる土器に入れるなどした後に再度埋葬することである。弥生時代に行われていた[2]。
- 土器
東京国立博物館展示。