六末社

熱田神宮の末社群 From Wikipedia, the free encyclopedia

六末社(ろくまっしゃ)は、熱田神宮にある6つの境内末社の総称。全神社が『尾張国内神名帳』に愛智郡の神社として記載がある帳内社

概要

六末社は、熱田神宮境内末社となっている「乙子社」「姉子神社」「今彦神社」「水向神社」「素盞嗚神社」「日長神社」の総称である。祭神は日本武尊尾張国造に関わるものとなっている。これらの神社の起源について不明な点が多いが、平安時代末期成立の『尾張国内神名帳』愛智郡条に「従一位 素盞雄名神」「正二位 今彦名神」「正二位 乙子名神」「正二位 氷上名神」「正二位 日長名神」「正二位 水向天神」とあり、他の熱田神宮境内摂社と共に記載されている。これらの神社は『延喜式神名帳』には記載がない式外社であるものの、古くは高い神階を有していたことが伺い知れる。

六末社の扱いは近世以前には現在と大きく異なっていた。室町期成立の『熱田太神宮秘密百録』は現在の六末社に青衾神社孫若神子神社を加えた8社を「乙彦姉今水素日靑八社」とし、本地として十二天を挙げている[1]江戸期の『本国神名帳集説』は、青衾神社を加えて乙子社を除いた6つの神社を「六所社」であるとしており、江戸期には六末社の構成が現在とやや異なっていたらしい[2]。さらに、江戸期においてはこの末社群が海蔵門外の東西に2つ存在しており、それぞれ「東六社」「西六社」と称していた。同書によれば、この六社は祈年祭新嘗祭などの祭事に関わっていたという[2]津田正生は『尾張神名帳集説乃訂考』の中で、東六社は全て後世に建てられた遙拝所で、『尾張国内神名帳』に記載のある本来の神社は西六社に属する神社のことではないかという私見を述べている。また、青衾神社はもともと西六社ではなく、室町期に組み込まれたのではないかと考察している。なお、乙子社は鎮皇門内の孫若御子神社などと並んで位置しており、現在のように六末社としては扱われていなかった[2]。現行の六末社は1955年昭和30年)に再建されたものである。

江戸末期の熱田神宮摂社の配置

神社ごとの解説

乙子社

概要 乙子社, 所在地 ...
乙子社
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
主祭神 弟彦連
社格 正二位
帳内社
熱田神宮境内末社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
別名 乙子名神
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乙子社(おとごしゃ)は、熱田神宮の境内末社で、六末社のうち北から1番目にある神社である。祭神は弟彦連。『尾張国内神名帳』古本および貞治本に「正二位乙子名神」とある[3][4]。弟彦連は天火明命14世孫[注 1]で、宮簀媛命(みやずひめのみこと)より数えて3代目の尾張国造ともいう(『熱田神宮記』[6])。

創建は景行天皇年間から天武天皇在位年間のあいだとされる(『熱田大神宮尊名祭神記』[7])。六末社のうちほかの5社とは様子を異にし、『尾張名所図会』や『熱田本宮及摂末社之図』によれば、神祠も鎮皇門の近く(現在の祈祷殿付近)にある。なお、祭神を乙乃古命(うるのふるのみこと)とする説もある(『熱田大神宮神体伝聞書』[8])。

津田正生は『尾張神名帳集説乃訂考』の中で、海東郡に乙子村があることと関連視する説を挙げている。なお、名古屋市緑区鳴海町小字名にも「乙子山」があり、成海神社の所在地となっている。

姉子神社

概要 姉子神社, 所在地 ...
姉子神社
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
主祭神 宮簀媛命
社格 正二位
帳内社
熱田神宮境内末社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
別名 氷上名神
氷上姉子名神
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姉子神社(あねごじんじゃ)は、熱田神宮の境内末社で、六末社のうち北から2番目にある神社である。氷上姉子神社の遙拝所と考えられている。

今彦神社

概要 今彦神社, 所在地 ...
今彦神社
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
主祭神 建稲種命
社格 正二位
帳内社
熱田神宮境内末社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
別名 今彦名神
今孫名神
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今彦神社(いまひこじんじゃ)は、熱田神宮の境内末社で、六末社のうち北から3番目にある神社である。『尾張国内神名帳』にの写本には、「今彦名神」と表記するもの「今孫名神」と表記するものがある。

津田正生は『尾張神名帳集説乃訂考』の中で、当社を内々神社の遙拝所とする説を述べている。

水向神社

概要 水向神社, 所在地 ...
水向神社
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
主祭神 弟橘媛命
社格 正二位
帳内社
熱田神宮境内末社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
別名 水向天神
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水向神社(みかじんじゃ)は、熱田神宮の境内末社で、六末社のうち北から4番目にある神社である。創建は天武天皇在位年間といわれ(『熱田大神宮尊名祭神記』[9])、祭神として弟橘媛命を祀る。『尾張国内神名帳』古本に「従二位 水向天神」[10]、熱田本に「正二位 水向天神」とある[4]室町期の『熱田社社家奉行千秋季國紛失状寫』に「西水向社權祢宜職之事...文明元年霜月九日」とあり、この神社の禰宜は磯部真幸が務めていたが証書を紛失した旨の記録がなされている[11]

弟橘媛命は日本武尊の妃のひとりで、尊の東征につきそいながら旅をしていたところ、相模国から上総国に至る海上で暴風に遭遇し、日本武尊のために荒波に身を投じて暴風を収めたとする(『尾張国熱田太神宮縁記』)。当社の社名である「水向」は媛命の入水にちなむとみられる一方、本宮5座遙拝所のひとつとして祭神を宮簀媛命とする説からみれば、『熱田大神宮御鎮座次第神体本記』に記載のある「向神社[12]」は氷上を遙拝することの反映とみることもできる(『熱田大神宮神体伝聞書』[13])。津田正生は『尾張神名帳集説乃訂考』の中で、弟橘媛命を祀ることから当社は知多郡に所在する入海神社の遙拝所ではないかと考察している。

素盞嗚神社

概要 素盞嗚神社, 所在地 ...
素盞嗚神社
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
主祭神 素盞嗚尊
社格 従一位
帳内社
熱田神宮境内末社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
別名 素盞雄名神
素盞烏名神
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素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)は、熱田神宮の境内末社で、六末社のうち北から5番目にある神社である。当社は尾張国内の他の神社の遙拝所と考えられているが、その本社については諸説ある。津田正生は『尾張神名帳集説乃訂考』の中で、那古野神社あるいは若宮八幡社の遙拝所ではないかとする。また、『尾張国内神名帳』に記載のある知多郡「須男天神」と関連視する説もある。

日長神社

概要 日長神社, 所在地 ...
日長神社
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮一丁目1-1
主祭神 日長命
社格 正二位
帳内社
熱田神宮境内末社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
別名 日長名神
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日長神社(ひながじんじゃ)は、熱田神宮の境内末社で、六末社のうち北から6番目にある神社である。知多市に所在する日長神社の遙拝所と考えられている。

交通アクセス

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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