鳴海町 (名古屋市)

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郵便番号[4]
458-0845(鳴海町字赤塚)
458-0824(鳴海町字有松裏)
458-0842(鳴海町字上ノ山)
458-0828(鳴海町字姥子山)
458-0818(鳴海町字大清水)
458-0821(鳴海町字尾崎山)
458-0835(鳴海町字上汐田)
458-0811(鳴海町字神ノ倉)
458-0841(鳴海町字小森)
458-0834(鳴海町字前之輪)
458-0844(鳴海町字伝治山)
458-0827(鳴海町字細根)
458-0831(鳴海町字向田)
458-0817(鳴海町字諸の木)
458-0846(鳴海町字薬師山)
458-0819(鳴海町字八ツ松)
458-0801(その他)
鳴海町
成海神社
成海神社
鳴海町の位置(愛知県内)
鳴海町
鳴海町
鳴海町の位置
鳴海町の位置(名古屋市内)
鳴海町
鳴海町
鳴海町 (名古屋市)
北緯35度4分52.446秒 東経136度57分1.0638秒 / 北緯35.08123500度 東経136.950295500度 / 35.08123500; 136.950295500
日本の旗 日本
都道府県 愛知県の旗 愛知県
市町村 名古屋市
緑区
支所 徳重支所(一部)
町名制定[1] 1963年(昭和38年)4月1日
面積
  合計 6.903375131 km2
人口
2025年(令和7年)10月1日現在)[3]
  合計 30,054人
  密度 4,400人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号[4]
458-0845(鳴海町字赤塚)
458-0824(鳴海町字有松裏)
458-0842(鳴海町字上ノ山)
458-0828(鳴海町字姥子山)
458-0818(鳴海町字大清水)
458-0821(鳴海町字尾崎山)
458-0835(鳴海町字上汐田)
458-0811(鳴海町字神ノ倉)
458-0841(鳴海町字小森)
458-0834(鳴海町字前之輪)
458-0844(鳴海町字伝治山)
458-0827(鳴海町字細根)
458-0831(鳴海町字向田)
458-0817(鳴海町字諸の木)
458-0846(鳴海町字薬師山)
458-0819(鳴海町字八ツ松)
458-0801(その他)
市外局番 052 (名古屋MA)[5]
ナンバープレート 名古屋
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鳴海町(なるみちょう)は、愛知県名古屋市緑区の町名。95の小字が設置されている[6]

字一覧

名古屋市緑区の北部に位置する。町名整理未実施の広範囲の区域に散在する。西部は区役所の管轄、北東部は徳重支所と管轄となっている。

名古屋市編入以降は断続的に町名整理が行われ、鳴子町作の山町鹿山潮見が丘久方梅里桃山長根町池上台神の倉曽根六田ほら貝相川篠の風青山古鳴海太子神沢鳴丘松が根台浦里黒沢台乗鞍左京山漆山旭出高根台万場山上旭滝ノ水小坂細口平手北鴻仏目相原郷大形山鶴が沢篭山諸の木藤塚徳重横吹町鎌倉台姥子山尾崎山鳥澄若田平子が丘四本木亀が洞兵庫鏡田大清水大清水西砂田平手南八つ松西神の倉東神の倉赤松白土境松大将ケ根水広東陵など新町名への置き換えが進んでいる。

鳴海町の小字は以下の通り[7]。消滅した字については背景色    で示す。

相原郷(あいばらごう)相原町(あいばらまち)
赤塚(あかつか)赤松(あかまつ)
有松裏(ありまつうら)雷(いかずち)
池上(いけがみ)池下(いけした)
石神堂(いしがみどう)一色(いしき)
石田(いしだ)石畑(いしばた)
石堀山(いしぼりやま)上中町(うえなかまち)
上ノ山(うえのやま)後山(うしろやま)
姥子山(うばこやま)漆山(うるしやま)
会下(えげ)大池下(おおいけした)
大形山(おおがたやま)大熊(おおぐま)
大清水(おおしみず)大根(おおね)
尾崎山(おざきやま)御茶屋(おちゃや)
乙子山(おとこやま)鏡田(かがみた)
杜若(かきつばた)柿ノ木(かきのき)
篭山(かごやま)片坂(かたさか)
片平(かたひら)鎌研(かまとぎ)
上朝日出(かみあさひで)神沢(かみさわ)
上汐田(かみしおだ)上拾貫目(かみじっかんめ)
上焼田(かみやけた)亀井(かめい)
亀ケ洞(かめがほら)栢木(かやのき)[注釈 2]
枯木(かれき)神ノ倉(かんのくら)
北浦(きたうら)京田(きょうでん)
熊ノ前(くまのまえ)繰穴(くりあな)
黒石(くろいし)光正寺(こうしょうじ)
鴻ノ巣(こうのす)鴻仏目(こうぶつめ)
小組(こくみ)小坂(こさか)
古鳴海(こなるみ)小松山(こまつやま)
小森(こもり)境松(さかいまつ)
左京山(さきょうやま)作ノ山(さくのやま)
作町(さくまち)笹塚(ささづか)
三角(さんかく)三高根(さんたかね)
三王山(さんのうやま)鹿山(しかやま)
敷田(しきた)篠ノ風(しののかぜ)
四本木(しほんぎ)下旭出(しもあさひで)
下汐田(しもしおだ)下拾貫目(しもじっかんめ)[注釈 3]
下中(しもなか)下焼田(しもやけた)
修理田(しゅうりだ)宿地(しゅくち)
乗鞍(じょうあん)城(しろ)
白土(しろつち)神明(しんめい)
砂田(すなた)諏訪山(すわやま)
清水寺(せいすいじ)前之輪(ぜんのわ)
善明寺(ぜんみょうじ)曽根田(そねた)
太鼓田(たいこでん)大将ケ根(たいしょうがね)
高田(たかた)高根(たかね)
滝ノ水(たきのみず)蛸畑(たこばた)
丹下(たんげ)長田(ちょうだ)
辻(つじ)鶴ケ沢(つるがさわ)
手越(てごし)伝治山(でんじやま)
天白(てんぱく)天白川内(てんぱくかわうた)
通曲(とおりがね)徳重(とくしげ)
鳥澄(とりすみ)砦(とりで)
中旭出(なかあさひで)中汐田(なかしおだ)
中新田(なかしんでん)中根(なかね)
長根(ながね)七双子(ななぞうし)
鍋山(なべやま)西川原(にしかわら)
西熊(にしくま)西脇(にしわき)
根古屋(ねごや)白山(はくさん)
花井町(はないまち)半ノ木(はんのき)
兵庫(ひょうご)平子(ひらこ)
平手(ひらて)平部(ひらぶ)
広湫(ひろくて)藤川(ふじかわ)
藤塚(ふじつか)文木(ぶんぎ)
坊主山(ぼうずやま)鉾ノ木(ほこのき)
細口(ほそぐち)細根(ほそね)
螺貝(はらがい)母呂後(ほろご)
本町(ほんまち)丸内(まるち)
万場山(まんばやま)三皿(みさら)
水広下(みずひろげ)南越(みなみごし)
明願(みょうがん)向田(むかえだ)
最中(もちゅう)[注釈 4] 森下(もりした)
諸ノ木(もろのき)八ツ松(やつまつ)
矢切(やきり)焼山(やけやま)
薬師山(やくしやま)山腰(やまごし)
山下(やました)山ノ神(やまのかみ)
横吹(よこぶき)米塚(よねづか)
嫁ケ茶屋(よめがちゃや)柳長(りゅうちょう)
六条(ろくじょう)若田(わかた)
早稲屋(わせや)

歴史

縄文時代後期から中世の複合遺跡である清水寺遺跡、弥生土器が出土した前之輪遺跡、鳴海大塚古墳・鳴海赤塚古墳など古代の遺跡が散在する地域である。

町名の由来

江戸期愛知郡鳴海村を前身とする。古くは「成海」「奈留美」とも書いた[8]。語源は定かではないが、一説に海岸に近いための波の音が聞こえたことが由来と言われている[8]

地名は奈良時代から確認でき、天平15年(743年)付『正倉院文書』に「尾張国愛智郡成海郷」とあるのが初出。平安期成立の『倭名類聚抄』には尾張国愛智郡のの一つとして「成海」と記載されている。同時期の『延喜式神名帳』には「愛智郡 成海神社」の記載があり、これは現在の成海神社に比定されている。『更級日記』には東国からの帰路に鳴海潟を経由した記述があり、この時期には既に「鳴海」と表記するようになっていたらしい。

尾張國鳴海浦を過ぐるに、夕潮たゞみちにみちて、今宵宿からむも、ちうげんに潮みち來なばこゝをも過ぎじと、あるかぎり走り惑ひ過ぎぬ。『更級日記』

中世には鳴海荘が成立した。延文2年(1357年)付『後光厳天皇綸旨』には「尾張国鳴海東西庄」とあり、鳴海荘は鳴海東庄と鳴海西庄に分かれていたらしい。鳴海荘は内裏料所であったが、南北朝期には醍醐寺領となった。鳴海荘は大高町豊明市東海市名和町東郷町南部を含む広範囲に及んでいたことが知られる。室町期には鳴海城が築かれた。

行政区画の変遷

世帯数と人口

学区

施設

交通

脚注

参考文献

関連項目

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