宮井晶
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| 宮井 晶 | |
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| 生誕 | 1963年3月6日(63歳) |
| 出身地 |
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| 学歴 | 上智大学卒業 |
| 職業 |
音楽ディレクター プロデューサー |
| 活動期間 | 1986年 - 現在 |
| レーベル | SDR取締役 |
| 公式サイト | 宮井晶 Facebook |
| 映像外部リンク | |
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宮井 晶(みやい あきら、1963年3月6日 - )は、音楽ディレクター、プロデューサーである。日本の芸能事務所スターダストプロモーションのグループ会社であるSDRの取締役を務める[1]。一般社団法人 日本音楽制作者連盟理事。過去にソニーミュージック・エンターテイメント、(株)FENOMENO、MF247に所属。大阪府大阪市出身[2][信頼性要検証]。上智大学卒業[3]。
略歴
- 1986年、ソニーミュージックエンタテイメント入社[3]。
- 営業部配属
- 1989年、エピック・ソニー洋楽ディレクター担当[3]。
- 1994年からソニーミュージック TKルームで小室哲哉プロデュース作の担当ディレクターを担当[3]。
- 2005年、スターダスト音楽出版(現 SDR)に入社[3]。
- 2019年、超ボーカリストオーディションも兼務、担当[5]。
- 現在、SDR取締役、一般社団法人 日本音楽制作者連盟理事を務める[3]。
来歴
洋楽担当
- デビュー間も無いセリーヌ・ディオンのライブを見て、才能を確信。フジテレビのドラマプロデューサーと共に日本オリジナル・シングル企画を立ち上げリリース[3]。
- 1990年代、小山田圭吾(Cornelius)と一緒にイギリスに遊びに行き、キーパーソンだったジャイルス・ピーターソン(ラジオDJ、レコードレーベルオーナー)からジャミロクワイを紹介される。ロンドンのクラブにてパフォーマンスを見て才能を確信。日本でどれくらい売れそうかとイギリスソニーのA&Rに訊かれ100万枚くらいと答える。ジャミロクワイのアーティスト契約に影響。その後日本での広報・ツアーも担当[3]。
邦楽担当
- 小室哲哉、鈴木亜美の制作を担当。その後、スターダストプロモーションに移籍[3]。
- TM NETWORKの9枚目のアルバムを制作。[3]。
247MUSIC時代
- 恩師でもある元ソニー・ミュージックエンタテインメント会長の丸山茂雄と共に インディーズレーベルをスタート。[3]。
- ドラムNベースDJMAKOTOのデビュー・アルバム「Human Elements」をリリース[3]。
スターダストプロモーション時代
- スターダストプロモーションに活動現場を移し、事務所の音楽出版社であるスターダスト音楽出版にてA&Rを担当。犬が鳴く歌を制作したがウルさいとのことで猫の歌を作ることに。犬派専属の猫を契約し、”MUSASHI'S"という名義で楽曲制作[3]。
- その後川上アキラマネージャーとアイドルユニット企画が始動。しばらく人間の歌を作っていなかった宮井はマネージャー川上と共に企画制作し、ももいろクローバーZが誕生。初代ディレクターを担当した。楽曲制作や、ダンスなど企画構成を考える。当時は小学生のメンバーもいたので爽やかな楽曲が多めで、「あの空へ向かって」がつくられた[6][3]。
- 現在、音楽ディレクターとしてももいろクローバーZ、私立恵比寿中学、超特急などを手がける[7][3]。