宮沢章夫
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1956年、静岡県掛川市生まれ[1]。多摩美術大学美術学部建築科中退。大学在学中、映像演出研究会で8ミリ映画の制作をする。大学を中退し、それからしばらく定職に就かなかったものの、24歳になってから執筆活動を開始した[2]。吉田照美のてるてるワイドの構成作家を経て、1985年、大竹まこと、きたろう、斉木しげる、いとうせいこう、竹中直人、中村ゆうじらとパフォーマンスユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を結成して活動した[3]。1988年、放送関連の仕事などそれまでしていた仕事をすべて辞め、マダガスカルに数ヶ月滞在した[4]。
帰国後の1990年、作品ごとに俳優を集めて演劇を上映する劇団「遊園地再生事業団」を設立し、主宰に就任[3]。1992年に発表した「ヒネミ」で第37回岸田國士戯曲賞を受賞[3]。小説「サーチエンジン・システムクラッシュ」は、第122回芥川賞、第13回三島由紀夫賞の候補にもなった[5]。10年以上にわたって『一冊の本』に連載し続けた「横光利一「機械」論」をまとめた『時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず』で、2010年に第21回伊藤整文学賞を受賞[3]。
2000年、京都造形芸術大学助教授となり、演劇活動を休止していたが、2003年に活動を再開した。2005年から2013年3月まで、早稲田大学文学学術院文化構想学部の客員教授を務めていた[2]。
2014年8月からNHK Eテレで毎週金曜23時より放送の『ニッポン戦後サブカルチャー史』(全10回放送)に講師として出演。2015年4月から2019年3月までNHKラジオ第一 平日午前8時5分より放送の『すっぴん!』に月曜パーソナリティーとして出演。
作・演出(演劇)
- 『遊園地再生』(1990年)
- 『ヒネミ』(1992年)
- 『ヒネミの商人』(1993年)
- 『砂の国の遠い声』(1994年)
- 『箱庭とピクニック計画』(1994年)
- 『ヒネミ(再演)』(1995年)
- 『知覚の庭』(1995年)
- 『砂の楽園』(1996年)
- 『蜜の流れる地 千の夜のヒネミ』(1996年)
- 『あの小説の中で集まろう』(1997年)
- 『ゴー・ゴー・ガーリー!』(1998年)
- 『14歳の国』(1998年)
- 『砂に沈む月』(1999年)
- 『トーキョー・ボディー』(2003年)
- 『トーキョー/不在/ハムレット』(2005年)
- 『ニュータウン入口』シアタートラム(2007年9月21日 - 30日)
- 『ジャパニーズ・スリーピング/世界でいちばん眠い場所』座・高円寺(2010年10月15日 - 24日)
- 『トータル・リビング 1986-2011』にしすがも創造舎(2011年10月14日 - 24日)
- シティボーイズミックス PRESENTS『西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』世田谷パブリックシアター(2013年4月2日 - 13日)
- 新作歌舞伎『疾風如白狗怒涛之花咲翁物語。』(2013年)
- 『夏の終わりの妹』あうるすぽっと(2013年9月13日 - 22日)
- 新作歌舞伎『竜宮物語』『桃太郎鬼ヶ島外伝』(2015年)
- 『子どもたちは未来のように笑う』こまばアゴラ劇場(2016年9月3日 - 25日)
- 『14歳の国』(2018年)