清水邦夫
From Wikipedia, the free encyclopedia
早稲田大学在学中に初戯曲『署名人』を発表し、注目を浴びる。1960年早稲田大学卒業後、岩波映画に入社するが1965年に退社。劇作家として劇団「青俳」などに戯曲を提供する。
東京・新宿のアートシアター新宿文化劇場を拠点に、演出家・蜷川幸雄とコンビを組み、一時代を画した[2]。1968年に蜷川と現代人劇場を結成。1969年の『真情あふるる軽薄さ』(蜷川幸雄演出)が反響を呼び、蜷川らと結成した劇結社「櫻社」が解散する(1974年)まで、蜷川とコンビを組み、反体制的な若者を描いた作品で人気を集める。
9年のブランクを経て、1982年から蜷川との共同作業が復活。『タンゴ・冬の終わりに』では、ロンドン・ウェストエンドでイギリス人キャストによる上演を行った。
1976年、松本典子らと共に演劇企画グループ「木冬社」を旗揚げ。自作の演出も数多く手がける。その他、俳優座、民藝、文学座などに戯曲を提供する一方で映画やテレビドラマ、ラジオドラマの脚本、小説の執筆活動も行う。
1994年 - 2007年、多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科教授教授を務めた[2]。
2001年11月をもって「木冬社」は結成25年で解散。その後、東京・大山のサイスタジオで続けてきた小規模なプロデュース公演を継続した。2006年3月でサイスタジオの公演も終了。下記の研究で清水と木冬社の長年の活動がつかめる。
受賞・栄典
- 1958年:テアトロ演劇賞、早稲田演劇賞「署名人」
- 1974年:第18回岸田國士戯曲賞「ぼくらが非情の大河をくだる時」
- 1976年:紀伊國屋演劇賞個人賞「夜よ、おれを叫びと逆毛で充す青春の夜よ」
- 1980年:芸術選奨新人賞(「戯曲冒険小説」)、泉鏡花文学賞(「わが魂は輝く水なり」)、テアトロ演劇賞「あの、愛の一群たち」
- 1983年:読売文学賞『エレジー』
- 1987年:第98回芥川賞候補「BARBER・ニューはま」
- 1988年:第100回芥川賞候補「月潟鎌を買いにいく旅」
- 1990年:第103回芥川賞候補「風鳥」
- 1990年:テアトロ演劇賞、芸術選奨文部大臣賞「弟よ-姉、乙女から坂本龍馬への伝言」
- 1993年:芸術選奨文部大臣賞「華やかな川、囚われの心」
- 1994年:紀伊國屋演劇賞団体賞 木冬社
- 2002年:紫綬褒章
- 2008年:旭日小綬章