谷賢一

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誕生日 (1982-05-11) 1982年5月11日(43歳)
血液型 B型
舞台 「DULL-COLORED POP」・「Théâtre des Annales」の作・翻訳・演出
たに 賢一けんいち
プロフィール
誕生日 (1982-05-11) 1982年5月11日(43歳)
出身地 日本の旗 日本 福島県石川郡石川町[1]
血液型 B型
主な作品
舞台 「DULL-COLORED POP」・「Théâtre des Annales」の作・翻訳・演出
受賞
第6回小田島雄志翻訳戯曲賞
第68回文化庁芸術祭賞 演劇部門優秀賞
第23回鶴屋南北戯曲賞
第64回岸田國士戯曲賞
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谷 賢一(たに けんいち、1982年5月11日[1] - )は、日本の劇作家演出家翻訳家。劇団「DULL-COLORED POP」主宰[2]。演劇ユニット「Théâtre des Annales」代表[3]

福島県郡山市生まれ。小学校入学前までを同県石川郡石川町で過ごす[4]千葉県柏市育ち。母と祖父母が福島県双葉郡浪江町の出身[5]

千葉県立東葛飾高等学校在籍時に演劇および文学に目覚める。明治大学文学部文学科演劇学専攻卒。同大学元公認サークル・騒動舎28期。大学在学中に渡英し、カンタベリーケント大学(Theatre and Drama Study)にて演劇学を学ぶ。帰国後、明治大学全学合同企画である文化プロジェクト(現・明治大学シェイクスピアプロジェクト)'05『マクベス』の演出を担当し[6]、学生80名が参加した。

在学中に劇団「DULL-COLORED POP」を旗揚げし、主宰として全作品の脚本・演出を手がける。

2007年には千葉県からの助成を受け、市民劇団「CoTiK」を立ち上げ、代表を務めた[7]。2008年よりタイニィ・アリス職員およびプロデューサーとして活動(~2010年末)。2010年4月より青年団演出部に所属。2010年12月から2013年12月まで、アトリエ春風舎芸術監督を務めた。

2022年10月1日、福島県双葉郡双葉町に移住[5]。東京での演劇活動も継続するが、住民票は福島県双葉町へ移す[5]

女優に対するセクハラと訴訟

2022年11月24日、谷が主宰する劇団「DULL-COLORED POP」所属女優の大内彩加が、谷から「性行為を強要された」として550万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した[8][9][10]。同年12月15日に大内はインターネット上で提訴した旨を明らかにした[11]。大内は「匿名では揉み消される」と思い、「顔を出し実名で告発した」という[12]

訴状によると、稽古のときに谷に胸を揉まれたり、LINEで「始球式のパンチラ写真送れ」「豪雨でずぶ濡れになって下着が全部透けてる写真送れ」といった内容を送られるなどのセクハラを日常的に受け、さらには2018年7月の東京公演中に「終電を逃したから家に行く」と言われ、自宅で力ずくでレイプをされたという[8]

ほかの劇団員の人たちに大内が相談すると「大内以外にもそういう被害にあってきた奴がいっぱいいる。それでみんな辞めてきたから」と軽い調子で言われ、大内は「すごく絶望した。この劇団はみんな知っていても見逃すんだ。そこから数年、誰にも相談はしなかった」とたかまつななとの対談で述べている[8]

告発を受けた谷は、自身のウェブサイトで「事実無根および悪意のある誇張に満ち、受け入れられるものではない。司法の場で争う」とコメントを発表した[11][13]

同年12月15日、「浜通り舞台芸術祭実行委員会」は、谷の新作公演「家を壊す―他、短編―」について、12月16日〜19日に南相馬市の劇場で上演予定だった全公演を中止すると発表した[11]。同月16日、青年団主宰・平田オリザが谷の退団を発表した[14]。同月23日、ゴーチ・ブラザーズが谷とのマネジメント契約を解除したと発表した[10]

2023年1月16日、第1回口頭弁論が開かれ、谷側は請求棄却を求めて争う姿勢を示したと報じられた[15]が、当日は被害を訴えた大内本人は出廷して閉廷後に記者団の取材にも応じたのに対し、司法の場で争うとしていた谷は出廷しなかった[16]

2024年11月27日に東京地裁において和解が成立したことを谷側の代理人弁護士が発表したが、和解条件は公表されていない[17]。一方の大内も同日に公表したnoteで、和解を勧めてくる裁判所に対し何度も「判決を望んでいる」と訴え続けたが、最終的には「裁定和解という形にし、自分自身を守る決断に至りました」とし、個人的には「勝利的和解」であると受け止めていると記した[18]

人物

作風・受賞歴

演出家永井愛は、谷を「斬新な手法と古典的な素養の幸せな合体」と評した[19]

2020年、『福島三部作』の『1986:メビウスの輪』で第23回鶴屋南北戯曲賞受賞[20]。 同年、『福島三部作 第1部「1961年:夜に昇る太陽」 第2部「1986年:メビウスの輪」 第3部「2011年:語られたがる言葉たち」』で第64回岸田國士戯曲賞受賞[1]

翻訳家としても頭角を表し、2011年には翻訳・演出を手掛けた『モリー・スウィニー』で演劇界の注目を集める。2013年には『最後の精神分析』の翻訳・演出を手がけ、第6回小田島雄志・翻訳戯曲賞[21]、ならびに文化庁芸術祭優秀賞[22]を受賞した。海外演出家とのコラボレーション作品も多く、デヴィッド・ルヴォー『昔の日々』(日生劇場)、シディ・ラルビ・シェルカウイプルートゥ PLUTO』(シアターコクーン)、アンドリュー・ゴールドバーグ『マクベス』(PARCO劇場)などにそれぞれ翻訳・脚本・演出補などで参加している。

戯曲集

  • 『従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがブルシーロフ攻勢の夜に弾丸の雨降り注ぐ哨戒塔の上で辿り着いた最後の一行「──およそ語り得るものについては明晰に語られ得る/しかし語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない」という言葉により何を殺し何を生きようと祈ったのか? という語り得ずただ示されるのみの事実にまつわる物語』工作舎、2019年9月
  • 『福島三部作』而立書房、2019年11月
  • 『演劇』而立書房、2020年3月
  • 『人類史』白水社、2020年11月
  • 『丘の上、ねむのき産婦人科』2021年8月
  • 『TOKYO LIVING MONOLOGUES』2021年11月

主な作品

脚注

外部リンク

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