宮田村
長野県上伊那郡の村
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| みやだむら 宮田村 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方(甲信越地方) | ||||
| 都道府県 | 長野県 | ||||
| 郡 | 上伊那郡 | ||||
| 市町村コード | 20388-2 | ||||
| 法人番号 | 5000020203882 | ||||
| 面積 |
54.50km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 |
8,334人 [編集] (推計人口、2026年2月1日) | ||||
| 人口密度 | 153人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 伊那市、駒ヶ根市、木曽郡上松町、木曽町 | ||||
| 村の花 | 梅の花 | ||||
| 特別シンボル | コマウスユキソウ | ||||
| 宮田村役場 | |||||
| 村長 | 天野早人 | ||||
| 所在地 |
〒399-4392 長野県上伊那郡宮田村98番地 北緯35度46分08秒 東経137度56分39秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
概要
地理


位置
村の西端には中央アルプスの最高峰である木曽駒ヶ岳がそびえ、東端に天竜川、南端に太田切川が流れており、東のなだらかな平野部と、西の駒ヶ岳まで至る深い山地からなっている。
地形
山岳
- 主な山
河川
- 主な川
湖沼
- 主な湖
人口
| 宮田村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 宮田村の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 宮田村
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
宮田村(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
隣接自治体
歴史
先史
「中越式」で知られる中越遺跡に代表される多くの遺跡が物語るように、この地では、古くから人々が生活を営んできた。
古代
平安時代
村名は平安時代の律令に関する資料である「延喜式」や、百科事典的な資料「倭名類聚抄」の中に出てくる「宮田」による。 この時代は東山道の宮田駅が置かれ、この地方の中心地であった。
近世
江戸時代
江戸時代は高遠藩に属して三州街道の宮田宿が置かれ、交通の要衝として信濃十五宿にも数えられて、伝馬や中馬の中継地点として、また近代以降は木曽駒ヶ岳の登山基地として賑わっている。
近現代
→「宮田町 (長野県) § 歴史」、および「駒ヶ根市 § 歴史」も参照
昭和時代
合併(後述)前の(旧)宮田村は、1954年に町制を施行し宮田町となっていた。 その後近隣町村と市町村合併し、(旧)駒ヶ根市となった。 当初は旧赤穂町(現駒ヶ根市)等の市制施行のための合併で、その後分立させる計画だったが、合併後に駒ヶ根市議会が否決。激しい住民運動の末、宮田村として分立した。 宮田町として復活せず、宮田村として復活したのは、この間に長野県の条例が改正により、町となる人口要件の変更が行われており、その条件を満たさなくなったためである。
現代
平成時代
平成の大合併では駒ヶ根市、上伊那郡飯島町、中川村と2003年3月24日に任意協議会設置を立ち上げるも、2003年12月10日に合併協議から離脱を表明し、協議会は解散した。
政治
施設
対外関係
経済
生活基盤
教育
交通
観光
文化・名物
祭事・催事
- 主な祭事
- 主な催事
- 実業団宮田サイクルロードレース
- 2009年より開催。当初はヒルクライムレースなどを行っていたが、2014年現在は村役場南東の公道を使用した3.2kmのクリテリウムレースが毎年8月に開催されている。
名産・特産
- 信州みやだワイン紫輝
- 南信州ビール
- 紫輝彩丼[1]




