富山地方鉄道10020形電車
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75kw(340V定格)の主電動機TDK824-1(第2・第3編成は824-1B)を各車に搭載した、日本車輌製造東京支店製の18m2扉車。中空軸平行カルダン駆動、抵抗制御である。地鉄で初めて、1C8Mユニット方式、MTM´3両固定編成、空気ばね台車、転換クロスシートを採用した形式でもある。また、東武1720系、2000系と同系列の補償線輪付き主電動機によって弱め界磁制御を広範に行い、平坦線均衡速度は定格速度の3倍の120km/hという高性能を誇った。1964年には、座席指定のノンストップ特急(電鉄富山-宇奈月間60分)の運転開始に合わせて第2・第3編成が製造された。
構造
車体
いわゆる日車デラックスカータイプの車体で、同系車として翌年に増備された14720形がある。後に製造された14760形にも基本デザインが踏襲されている。側窓は上下2段で、上段下段とも上昇可能。貫通扉はドアチェック付きの両開き・広幅で、第1編成は戸袋窓が設けられていたが、第2・第3編成では戸袋窓は無くなった(第1編成ものちに廃止)。なお付随車のサハ220形は、第1編成のサハ221(および14720形のサハ222)のみ全長17.3mと短く、第2・第3編成のサハ223・224は全長18.6mと長くなっている。寸法の違いは、サハ221(およびサハ222)が扉間の2連窓をモハと同じ4組としたまま運転室部分を無くした設計であったのに対して、サハ223・224では扉間の2連窓を5組とする一方、戸袋部分の幅を縮小し、かつ戸袋横の2連窓の位置を若干車端寄りにする(シートピッチは扉間と同じ)という設計変更がなされたことによる(このため、後述のようにサハ220形からクハ170形に改造された際に運転室の後ろに設けられた小窓の幅は、171(および172)より173・174のほうが狭かった)。
塗色も新しくなった。第1編成は、14780系までのクリームとマルーンに代えて、オレンジ濃淡の塗装(「急行色」)で登場した。さらに、第2・第3編成は、富山の県鳥である雷鳥をイメージした、オフホワイトとグレーのベースに、ワインレッドのラインが入った斬新なデザイン(「特急色」)で登場し、1969年以降、他のカルダン車も順次塗り替えられた。その後、第1・第2編成(モハ10021-10022・10023-10024)は10030形と同様の新塗装(黄色と緑色のツートン)に塗り替えられたが、第3編成(モハ10025-10026)は引退まで原色を保っていた。
内装
第1編成は扉間が転換クロス、車端部はロングシート、シートピッチは920mm、モケットの色はエンジ、シートカバーはグレーであった。座席指定制の特急に使用する第2・第3編成は、オール転換クロスシート(客用扉に面した8脚は固定クロス)、背が高く厚みのある背ずり、モケットの色は他車にないファイアーオレンジとなった(モケットは、後年、3編成とも現在の地鉄標準色であるレッドに統一された)。座席以外にも、第2・第3編成は、薄型の蛍光灯カバー、細かな打ち抜き模様の蹴込板、金文字の製造メーカープレートと車両番号プレート、柔らかな電子音の運転室ブザーなど、高級感の演出に意を用いていた。座席のひじ掛けは、3編成ともモケット張りのクッションにカバー付きであったが、後年、FRP製の汎用品に取り替えられた。運転室仕切り壁の車掌台側の窓は、バランサーによるフリーストップ式の下降窓になっていた。
台車
- NA-303(新製時、第1編成) 構造は、当時の国鉄特急型車両に準じた、軸ばね:ウイングばね、枕ばね:下揺れ枕吊・ベローズ形空気ばね・オイルダンパ、牽引力伝達:ボルスタアンカーという構成であり、従来のNA-4ℙに対して乗り心地が格段に向上した。冷房化に際してFS-510に換装。
- NA-313(新製時、第2・3編成) 構造は、前後動抑止のためボルスタアンカーの結合部をゴムブッシュ式からリンク式に変更した以外はNA-303と同等。冷房化に際してFS-510に換装。
- 第2編成のモハ10023-10024
(2006年4月1日) - モハ10025の車内
(2010年10月16日) - イベントで行先表示板を掲げた10025
(2005年7月2日)
沿革
1961年に第1編成がサハ220形221を挟んで登場した(ただし、モハの製造銘板は昭和35年=1960年になっている)。翌1962年には14720形が登場しているが、形式の末尾が「20」で共通していることからも分かる通り、電動機出力と制御方式の差異を除けば同一のグループである。1964年には第2・第3編成も同様にサハ220形223・224を挟んで登場した。
1969年、車両運用を効率化・柔軟化するため、サハ220形を外して2両固定になった。サハ220形は運転台を設置し制御車化、クハ170形171・173・174となった。座席指定のノンストップ特急は、利用者数低迷により1967年を以て既に休止されていた。サハ220の制御車化改造は、上市車庫において日車の出張工事で行われた。なお、クハ173・174は1995年にクハ170形から分割され、形式名がクハ173形に変更された。
1971年頃、立山黒部アルペンルートの全線開通による国鉄475系・キハ58系、名鉄キハ8000系の乗り入れを機に、非冷房の10020系の冷房化改造が検討された。しかし、台車の担荷力不足が問題となり、冷房化は見送られた。また、同じ頃、第2・第3編成にミュージックホーンが設置された。
1972年、春のダイヤ改正で本線特急(毎時1本)のスピードアップと特急料金の新設(途中駅までの利用は20円)が行われた。本線の認可最高速度は5km/hアップの95km/hになった(ただしこの時点では、運転ダイヤおよび最高速度保安継電器の設定は、90km/hのまま)。10020系3編成は、非冷房ながら本線特急のスジに充当され、俊足ぶりを遺憾なく発揮した。
1979年、初の冷房車14760系3編成が就役し、10020系は本線特急の主力の座を明け渡した。14760系15両が出そろった後、14720系を手始めに在来車の冷房化が進められ、10020系も1993年までに全車冷房化された。10020系を冷房化改造するにあたって、Ⅿ車6両の台車は営団3000系が履いていたFS-510に交換され、主電動機も同台車が装荷していたMB-3054A(75kw、375Ⅴ定格)、WN駆動、歯数比6.53に交換された。懸案だった冷房化は実現したものの、台車と駆動系の交換によって、持ち前の俊足と地鉄の線路状態に適した優れた振動特性は失われてしまった。
冷房化後、普通から特急まで幅広く使われていたが、冷房装置が10500kcal/h×3と他車に比べて能力が低いため、夏場はあまり運用されなかった。さらに、同社の電車形式(増結用のクハ170形およびサハ111、112形を除く)では、唯一ワンマン化改造が施行されず、2004年に特急がワンマン化されてからは運用が減り、常時クハ173形またはクハ174形との3連を組んで、もっぱら不二越・上滝線の朝ラッシュ時に限定運用されるようになっていった。
老朽化のため、2005年に第1編成、2006年に第2編成が除籍され、2007年3月に第1編成はデキ14730形とともに留置されていた稲荷町テクニカルセンターから上市駅構内に回送された後、解体された。
2013年4月には、第3編成に連結されていたクハ174が休車となったため、クハ175(14760形と同一構造の増結用新造車)と3両編成を組むようになった。
最後まで残っていた第3編成も、2019年9月29日のラストランイベントをもって引退し、2020年1月に14720形と共に解体のため搬出された[1]。