小野幸治
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1960年に中京・小林三雄三厩舎に騎手見習として入門し、1965年からは三雄三の長男[1]で同年開業の小林稔厩舎からデビュー。
1年目の1965年は小林の初出走となった3月6日の中京第2競走4歳以上未勝利・シーダ(7頭中4着)で初騎乗を果たし、翌7日の中京第10競走5歳以上50万下・ダイハジメオーで小林と共に初勝利を挙げる[2] [3]。28日の阪神で初の1日2勝[3]を挙げたが、小林も同日に佐々木昭次を騎乗させたレースで初の1日2勝[2]を記録している。5月23日・同29日の阪神では2度目の1日2勝を含む騎乗機会3連勝を挙げたほか、6月6日には鳴尾記念・アスカで重賞初騎乗を果たしバリモスニセイの3着に入った[4]。初年度から2桁の18勝をマークし、1972年まで8年連続2桁勝利を記録[5]。
2年目の1966年には1月3日・4日の京都では初の2日連続勝利[6]、第1回北九州記念をハジメリユウで制し[7]管理する小林と共に重賞初勝利[8] [9]を挙げ、初の30勝台で自己最多の37勝[5]をマーク。
3年目の1967年には京都で行われた桜花賞をキームスクインでシーエースの4着[10]、1968年の札幌記念では同年のダービー馬タニノハローモアで皐月賞馬マーチスの3着[11]に入った。
1969年にはきさらぎ賞・タニノシュンライでタカツバキの3着[12]に入り、タカノキネンで中日新聞杯・京阪杯2着のほか、阪急杯を制した[13]。
1970年にはフサイチでアラブ大賞典春秋制覇[14]、サンケイ大阪杯ではシュンサクオーでヒデコトブキ・リキエイカンに勝利[15]。
1971年には不良馬場で行われた天皇賞(春)をシュンサクリュウでメジロムサシの3着[16]に入り、キームスビィミーで京都記念(秋)を制覇[17]。
1972年にはキームスビィミーで天皇賞(春)ではベルワイド・アカネテンリュウの間に割って入る2着[18]、7頭中7番人気と人気を落とした宝塚記念ではベルワイド・メジロアサマの天皇賞馬2頭に先着する4着[19]に入り、ハリウッドターフクラブ賞を制したが[17]、1番人気に支持された天皇賞(秋)でも4着[17]であった。
1974年からは小林の父・三雄三の厩舎に所属し、同年から1977年まで4年連続2桁勝利[5]を記録。
1976年からは再び小林厩舎所属となり、5年ぶりで最後の20勝台となる24勝[5]をマーク。
1977年にはホースメンホープで日本経済新春杯ではホクトボーイ、中京記念ではクラウンピラードに勝利して重賞を連勝[20]。
1978年には芦毛の関東馬ダークロードで4歳牝馬特別(西)を9番人気2着と好走し、桜花賞では1番人気に支持されたが5着に終わった[21]。
1979年に阪神で行われたエリザベス女王杯では関東馬ハーバーアトリでミスカブラヤ・アグネスレディーに次ぐ3着[22]に入り、1980年と1981年には2年連続2桁勝利で共に11勝[5]を記録するが、1981年が最後の2桁[5]となった。
1981年にはロングイーグルで京都新聞杯を20頭中17番人気ながらサンエイソロンの2着と好走し、菊花賞ではミナガワマンナの3着に入った[23]。タニノムーティエを母父に持つタニノダーバンではデイリー杯3歳ステークス2着[24]に入り、後にタニノマティーニの3代母となる芦毛の牝馬タニノテスコ[25]では阪神牝馬特別を制して[26]最後の勝利を重賞で飾った[27]。
1982年には金杯(西)・ロングイーグルで断然人気に推されるも[28]2着に終わり、2月28日の中京第9競走矢作川特別・ロングカズオ(16頭中2着)を最後に現役を引退[27]。
1984年、厩舎を開業する。3月11日、初出走となった小倉競馬場での第9レースは、タケノヨロコビが4着となる。5月19日、阪神競馬場での第2レースでハンキトップが勝利し延べ17頭目で初勝利を挙げる。
1985年、愛知杯をロングクイックが制しJRA重賞初勝利を挙げる。
1987年、第39回阪神3歳ステークスをサッカーボーイが制し、JRAGI初勝利を挙げる。
2015年2月28日付けで定年により調教師を引退した[29]。
騎手成績
| 通算成績 | 1着 | 2着 | 3着 | 騎乗数 | 勝率 | 連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 平地 | 314 | 301 | 258 | 2320 | .135 | .265 |
| 障害 | 3 | 2 | 2 | 15 | .200 | .333 |
| 計 | 317 | 303 | 260 | 2335 | .136 | .266 |
| 日付 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 初騎乗 | 1965年3月6日 | - | シーダ | - | - | 4着 |
| 初勝利 | 1965年3月7日 | - | ダイハジメオー | - | - | 1着 |
| 重賞初騎乗 | 1965年6月6日 | 鳴尾記念 | アスカ | 7頭 | 2 | 3着 |
| 重賞初勝利 | 1966年11月20日 | 北九州記念 | ハジメリユウ | 12頭 | 2 | 1着 |
| GI級初騎乗 | 1968年6月30日 | 優駿牝馬 | ローズイパス | 16頭 | 6 | 9着 |
主な騎乗馬
- ハジメリユウ(1966年北九州記念)
- タカノキネン(1969年阪急杯)
- フサイチ(1970年アラブ大賞典(春・秋))
- シュンサクオー(1970年大阪杯)
- キームスビィミー(1971年京都記念(秋)、1972年ハリウッドターフクラブ賞)
- ホースメンホープ(1977年日本経済新春杯、中京記念)
- タニノテスコ(1981年阪神牝馬特別)
調教師成績
| 日付 | 競馬場・開催 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初出走 | 1984年3月11日 | 1回小倉2日9R | - | タケノヨロコビ | - | - | 4着 |
| 初勝利 | 1984年5月19日 | 3回阪神1日2R | 4歳未勝利 | ハンキトップ | - | - | 1着 |
| 重賞初出走 | 1984年11月3日 | 5回京都1日11R | デイリー杯3歳S | ロングクイック | 10頭 | 7 | 9着 |
| 重賞初勝利 | 1985年12月1日 | 3回中京2日11R | 愛知杯 | ロングクイック | 14頭 | 5 | 1着 |
| GI初出走 | 1985年5月19日 | 3回東京4日10R | 優駿牝馬 | クリスシルバー | 28頭 | 8 | 12着 |
| GI初勝利 | 1987年12月20日 | 5回阪神6日11R | 阪神3歳S | サッカーボーイ | 10頭 | 1 | 1着 |
主な管理馬
※太字はGIレース
- ロングクイック(1985年愛知杯)
- サッカーボーイ(1987年阪神3歳ステークス、1988年中日スポーツ賞4歳ステークス、函館記念、マイルチャンピオンシップ)
- ホワイトアロー(1990年愛知杯、1992年スポニチ賞金杯)
- メルシーアトラ(1991年日経新春杯)
- メルシーステージ(1994年アーリントンカップ、毎日杯)
- サウンドバリヤー(1995年愛知杯)
- セフティーエンペラ(2004年福島記念)
- スリーアベニュー(2007年ガーネットステークス)
- ロングプライド(2007年ユニコーンステークス)
- ジョイフルハート(2008年北海道スプリントカップ)
- オースミムーン(2013年小倉サマージャンプ、阪神ジャンプステークス、東京ハイジャンプ、2014年京都ジャンプステークス)
表彰
- 優秀調教師賞(関西。1986年)
- 中京競馬記者クラブ賞(1995年)