山中湖村
山梨県南都留郡の村
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山中湖村(やまなかこむら)は、山梨県南東部の郡内地方に位置する村。南都留郡に属する。
| やまなかこむら 山中湖村 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方(甲信越地方) | ||||
| 都道府県 | 山梨県 | ||||
| 郡 | 南都留郡 | ||||
| 市町村コード | 19425-5 | ||||
| 法人番号 | 5000020194255 | ||||
| 面積 |
53.05km2 | ||||
| 総人口 |
5,125人 [編集] (推計人口、2026年7月1日) | ||||
| 人口密度 | 96.6人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
富士吉田市、都留市、南都留郡忍野村、道志村 神奈川県足柄上郡山北町 静岡県駿東郡小山町 | ||||
| 村の木 | イチイ | ||||
| 村の花 | サンショウバラ | ||||
| 村の鳥 | 白鳥 | ||||
| 山中湖村役場 | |||||
| 村長 | 高村正一郎 | ||||
| 所在地 |
〒401-0595 山梨県南都留郡山中湖村山中237-1 北緯35度24分38秒 東経138度51分39秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
概要
地理

位置
村の中心に富士五湖の一つである山中湖が位置し、集落は主に北西からの国道138号(旧鎌倉往還)と北東からの国道413号が合流する。 南西方向に富士山が見え、裾野には梨が原高原が広がる。東には丹沢山地が位置している。
地形
山地
- 主な山
河川
- 主な川
湖沼
- 主な湖
地域
地区
- 山中地区(やまなか)
- 平野地区(ひらの)
- 旭日丘地区(あさひがおか)
- 長池地区(ながいけ)
人口
| 山中湖村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 山中湖村の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 山中湖村
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
山中湖村(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
隣接自治体
気候
ケッペンの気候区分によると、山中湖村は西岸海洋性気候(Cfb)に属する。
年平均気温は9.4℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が8.5日、夏日が56.7日、真冬日が6.1日、冬日が142.0日となっている[1]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
冬季は、近年でも-20℃付近の気温が観測され、2018年1月25日に-17.9℃、2018年1月26日に-18.6℃、2018年2月7日に-18.3℃、2018年2月9日に-17.0℃を観測している[2]。
年平均降水量は2287.8mmである。
年平均日照時間は1884.1時間である。
極値[3]
| 山中(南都留郡山中湖村山中字梨ヶ原、標高992m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 17.5 (63.5) |
21.1 (70) |
24.1 (75.4) |
28.0 (82.4) |
30.6 (87.1) |
33.2 (91.8) |
34.9 (94.8) |
33.6 (92.5) |
32.1 (89.8) |
29.5 (85.1) |
25.2 (77.4) |
21.1 (70) |
34.9 (94.8) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 4.0 (39.2) |
5.0 (41) |
8.8 (47.8) |
14.5 (58.1) |
19.1 (66.4) |
21.5 (70.7) |
25.7 (78.3) |
26.6 (79.9) |
22.4 (72.3) |
16.9 (62.4) |
12.4 (54.3) |
6.9 (44.4) |
15.3 (59.5) |
| 日平均気温 °C (°F) | −2.4 (27.7) |
−1.2 (29.8) |
2.5 (36.5) |
7.9 (46.2) |
12.8 (55) |
16.5 (61.7) |
20.6 (69.1) |
21.2 (70.2) |
17.4 (63.3) |
11.6 (52.9) |
5.9 (42.6) |
0.5 (32.9) |
9.4 (48.9) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −8.9 (16) |
−7.7 (18.1) |
−3.6 (25.5) |
1.4 (34.5) |
6.7 (44.1) |
12.1 (53.8) |
16.4 (61.5) |
16.8 (62.2) |
13.2 (55.8) |
6.7 (44.1) |
0.1 (32.2) |
−5.6 (21.9) |
4.0 (39.2) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −19.5 (−3.1) |
−22.2 (−8) |
−19.6 (−3.3) |
−14.1 (6.6) |
−5.3 (22.5) |
3.4 (38.1) |
8.4 (47.1) |
8.8 (47.8) |
0.5 (32.9) |
−5.8 (21.6) |
−9.6 (14.7) |
−16.6 (2.1) |
−22.2 (−8) |
| 降水量 mm (inch) | 82.1 (3.232) |
80.8 (3.181) |
174.6 (6.874) |
181.1 (7.13) |
188.0 (7.402) |
221.2 (8.709) |
219.9 (8.657) |
224.0 (8.819) |
375.1 (14.768) |
310.4 (12.22) |
144.3 (5.681) |
86.3 (3.398) |
2,287.8 (90.071) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 5.5 | 6.0 | 10.4 | 10.1 | 10.6 | 12.7 | 12.9 | 10.5 | 12.5 | 11.1 | 8.0 | 5.4 | 115.6 |
| 平均月間日照時間 | 172.3 | 158.6 | 170.8 | 186.6 | 189.8 | 134.5 | 157.8 | 185.4 | 114.3 | 117.4 | 141.3 | 155.2 | 1,884.1 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)[4][5] | |||||||||||||
| 山中湖村 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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歴史
先史
富士北麓地域には縄文時代の遺跡が数多く分布するが、村域においても長池、平野柳原、篭坂峠付近などに縄文時代の遺跡が存在している。
古代
古代の律令制下においては都留郡に属する。 『延喜式』に拠れば、東海道を駿河国横走駅(静岡県御殿場市)から分岐し富士北麓を通過し甲斐国府に至る官道である甲斐路(御坂路)が整備され、三駅のひとつである「加吉駅」は村域に比定されている。
中世
村域は甲斐・駿河・相模の三国間の交通の要衝で、御坂路は中世に「鎌倉往還」と呼称される。
平安時代末期に関東で挙兵した源頼朝が治承4年(1180年)8月の石橋山の戦いで敗退した際には、土屋宗遠(三郎)が甲斐へ向かう際に鎌倉往還を通過している。 また、『吾妻鏡』によれば、承久3年(1221年)6月の承久の乱に東山道大将軍として上洛した甲斐源氏の武田信光が、帰路の加古坂峠において乱の首謀者のひとりである藤原光親を処刑しており、光親の墓所が伝わっている。
戦国時代の甲斐国は守護・武田氏の内訌と有力国衆の抗争が繰り広げられ、郡内では小山田氏が武田氏と敵対する。さらに隣国である駿河の今川氏や相模の後北条氏も甲斐へ侵攻した。
村域には明応3年(1493年)には武田家惣領・信縄と弟の油川信恵 が争った八代合戦で戦死したと伝わる山中太郎左衛門の城館跡がある。明応4年には伊勢宗瑞(北条早雲)が今川氏と共同して郡内へ侵攻し、大永6年(1526年)には甲斐守護・武田信虎(信尚)が駿河国梨木平において北条方を破する。天文4年(1536年)には北条氏綱と今川氏が郡内へ侵攻し、武田氏・小山田氏との間で山中の戦いが行われている。
村域を通過する鎌倉街道は天正10年(1582年)3月の武田滅亡後に発生した「天正壬午の乱」において北条氏が甲斐へ侵攻する際のルートとなった。
近世
近世に郡内地方は谷村藩領を経て幕府直轄領となる。山間部である郡内地方は耕地に乏しく、生業は僅かな米麦栽培のほか入会地における山稼ぎや街道添いの駄賃稼ぎが行われ、養蚕や郡内織も発達した。村域においてもこれらの生業のほか、山中湖における漁業が行われていた。加古坂峠に口留番所が置かれ運輸機能が強化され、駿河方面と経済圏を形成している。
近代
近代には入会地が官有地化された。明治22年には皇室財産として御料地への編入となった。
沿革
市町村合併
政治
行政
村長
- 村長:高村正一郎
議会
村議会
- 山中湖村議会:議員定数12人
施設
情報・通信
マスメディア
中継局
教育
高校
村内に高校はないため、近隣の富士吉田市の高校へ通う
校中学校
- 村立
- 山中湖村立山中湖中学校
小学校
- 村立
- 山中湖村立東小学校
- 山中湖村立山中小学校
交通
観光

- 寺社
- 自然
- 温泉
- 山中湖温泉
- 石割の湯
- 紅富士の湯
- 公園
- キャンプ場
- 石割オートキャンプ
- 山中湖ふじのもりオートキャンプ場
- RECAMP山中湖
- 山中湖みなみオートキャンプ場
- sotosotodays CAMPGROUNDS
山中湖みさき(旧みさきキャンプ場) - レイクロッジヤマナカ
- the 508
- 湖山荘キャンプ場
- キャンプ場 ピッコロ
- moss camp field
- 湖明荘オートキャンプ場
- 富士見荘キャンプ場
- 村営山中湖キャンプ場(地球元気村)
- その他


