フジマリモ

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フジマリモ(富士毬藻)は、富士五湖に生育するマリモ類(マリモまたは近縁種)のことである。大きな円筒形の細胞からなる分枝糸状藻であり、礫などに着生、またはゆるい集塊や密な球形の集塊を形成する。山中湖河口湖西湖のフジマリモは山梨県天然記念物に指定されているが、特に山中湖では激減している。1956年に山中湖で発見され、翌年にマリモの変種として記載された(Aegagropila sauteri var. yamanakaensis[注 1])。その後、河口湖、西湖、精進湖本栖湖でも発見された。21世紀現在、富士五湖で見られるマリモ類は阿寒湖などでよく知られるマリモと同一種である。一方で、山中湖で発見当時に採集され、それから60年以上栽培されていたマリモ類が存在することが2021年に明らかとなり、これが調査されたところ、マリモとは別属別種のタテヤママリモであることが明らかとなっている(図1)。このことから、以前は山中湖にマリモとタテヤママリモの2種が生育していたのではないかとも考えられている。

藻体は緑色でなどに着生しているが(着生型)、基質から離れてゆるい集塊(浮遊型)を形成していることもある[1][2]。密な球形の集塊(集合型)もまれに見られ、直径 1–5 cm、ふつう中心に1–2個の礫を含み、藻体はしなやかでそれほど固くないとされる[3][2]。藻体の単位は長さ 1 cm 程度の分枝糸状体であり、大きな円筒形(まれに棍棒形)の多核細胞が1列につながってできている[1]。基本的に主軸から分枝した枝(一次枝)がもう1回分枝しているが(二次枝)、まれに三次枝まで確認される[1]。ふつう各細胞の上端から、ときに細胞の中部から分枝する[1]。ふつう枝は偏生(各細胞から1本の枝が同じ方向に分枝)するが、対生していることもある[1]。枝の先端はふつう丸いが、やや細く尖っていることもある[1]。ときに枝の先端細胞が二次的な仮根(不定根)になっており、また藻体の中間部から不定根が生じていることもある[1]。細胞の大きさは主軸で 40–111 × 187–900 µm、一次枝で 37–82 × 187–1236 µm、二次枝で 36–77 × 121–977 µm、一次枝の先端細胞で 33–67 × 216–1810 µm、二次枝の先端細胞で 26–66 × 216–1355 µm である[1]。細胞表層には網状の葉緑体が存在し、多数のデンプン鞘で囲まれたピレノイドが多数存在する[1]

生育環境と保護

フジマリモは、富士五湖全てから確認されている[1]。フジマリモの見られる水深は本栖湖で 17–22 m、西湖で 8–14 m 以深、精進湖で 2–5 m、山中湖で 1–5 m、河口湖で 1.5–3.5 m であり、おおよそ水質がよい(透明度が高い)湖ほど生育深度が深いことが示されている[1]

山中湖や河口湖では、フジマリモは発見以来激減している[1]。特に山中湖では、1977年にフジマリモの減少が報告され、1984年には1地点でのみ確認されたが、1993年にはこの場所でも消失し、別の地点でごくわずかしか見られなくなった[4]。さらに2004年、2005年の調査では確認されず、絶滅したものと考えられた[4][5]。しかし2007年9月に行われた調査により、わずかではあるが2地点においてフジマリモが確認された[4]。その後、2013–2014年の調査では改善傾向にあるとされたが、2020年の調査では明らかに悪化していた[3][6]

フジマリモが減少した原因は水質悪化と考えられており、山中湖では1995年ごろから水質や透明度がやや悪化したことが報告されている[3]。ただし、それほど顕著ではなく、近年では改善傾向が見られるともされる[3]。一方、山中湖では2020年までの40年の間に夏の気温が4°C、平均水温が2°C上昇しており、温暖化による水温上昇が悪影響を与えている可能性も指摘されている[3]。また、山中湖においてフジマリモが多かったときには現在に比べて湖底からの湧水が豊富であったことから、湧水の減少が関連していることも示唆されている[3]

富士五湖のフジマリモを含め、マリモAegagropila brownii)は、日本のレッドリストにおいて絶滅危惧IA類(CR)に指定されている[7]。また山中湖河口湖西湖のフジマリモは「フジマリモ及び生息地」として山梨県天然記念物に指定されている[3][1][8]

発見

マリモ阿寒湖返還運動(土産品などとして阿寒湖から持ち出されたマリモを阿寒湖に返す運動)が盛んであった1950年代、山中湖村小・中学校教員であった杉浦忠睦は、山中湖の環境が阿寒湖に似ていることから児童や漁師にマリモ調査を呼びかけ、その結果、1956年(昭和31年)4月18日、山中湖村村立山中小学校の6年生男子児童が、山中湖で直径1.5センチほどの緑色の球状の藻を見つけ、さらに翌日には50個ほどが見つかった[3]。顕微鏡観察の結果、マリモの仲間であると考えられたため、4月22日に「富士毬藻(ふじまりも)」と仮称された[3]。発見された山中湖のマリモ類は東京大学本田正次国立科学博物館佐竹義輔・小林義雄に送られ、マリモの仲間であることが確認された[3]。さらに長崎大学の岡田喜一は現地調査を行い、これをマリモの変種と考え、1957年(昭和32年)に Aegagropila sauteri var. yamanakaensis Okada, 1957 として記載し、和名として「フジマリモ」を提唱した[3][9][10][注 1]。ただし、この記載の際に用いられたタイプ標本は行方不明となっている[3]。山中湖のフジマリモは、当時マリモの南限記録と考えられ、1958年(昭和33年)6月19日に「フジマリモ及び生息地」として山梨県天然記念物に指定された[3][14]

1957年にフジマリモが記載された論文において、河口湖にも産することが記されていたが、1979年(昭和54年)に河口湖でフジマリモが大量に打ち上げられたことで詳細に調査された[1][15]。1993年(平成5年)には西湖でもフジマリモが確認され、同年11月29日にはこれら3湖のフジマリモが「フジマリモ及び生息地」として改めて山梨県天然記念物に指定された[3][1][8]。さらに山梨大学の研究グループが、2012年(平成24年)6月23日に精進湖から[16][17]、2013年(平成25年)11月16日に本栖湖からそれぞれフジマリモを発見し、富士五湖全てにフジマリモが分布することが明らかとなった[1]

分子系統解析から、21世紀に富士五湖で見られるマリモ類は、阿寒湖などに見られるマリモAegagropila brownii)と同種であることが示されている[1][2][3]。マリモの変種ともされるが[1]、分類学的には分けない(独立の変種とはしない)ことも多い[9]

もう一つのフジマリモ

2. 山中湖交流プラザ きららで展示されているフジマリモ(2012年12月20日撮影)

東京の小学3年生であった亀田良成は、フジマリモが発見された1956年(昭和31年)の夏休みに山中湖でマリモ類を採集し、1958年(昭和33年)5月にも採集、自由研究を行い、その後60年以上このマリモ類を水槽で栽培し続けた[3][18]。山中湖におけるフジマリモ絶滅危機を知った亀田良成は山中湖でのマリモ復元育成を企図し、2011年に国立科学博物館の辻彰洋に相談した[3]。辻彰洋がこのマリモ類を調査したところ、現在富士五湖で見られるマリモAegagropila brownii)ではなく、別属別種のタテヤママリモAegagropilopsis moravica)であることが明らかとなった[3]。このタテヤママリモは、フジマリモとして山中湖交流プラザ きららや、地元の小中学校などで展示されている[3](図1, 2)。自由研究からこの発見に至った過程は、絵本「富士山のまりも」として出版された[3][19]

1956年(および1958年)に山中湖から採集された亀田良成のマリモ類がタテヤママリモであったことから、1956年4月に杉浦忠睦らによって山中湖で発見された最初のフジマリモもタテヤママリモであった可能性が高いと考えられている[3]。一方で21世紀現在山中湖で見られるマリモ類はマリモであり、タテヤママリモは見つかっていない[3]。また、岡田喜一によって1957年に記載されたフジマリモはそのスケッチからマリモであった可能性が高いとされるが(ただしマリモとタテヤママリモの間には明瞭な形態的差異は見つかっていない[20])、タイプ標本が見つかっていないためDNAによる検証ができない[3]。以上のことから、山中湖にはかつてマリモとタテヤママリモの2種が存在していたが(阿寒湖などでもマリモとタテヤママリモが共存する[3])、21世紀には後者が絶滅したのではないかとも考えられている[3]。この場合、どちらに「フジマリモ」の名を充てるべきなのかは明らかではない[3][11][21]。そのため、「フジマリモ」は生物の分類群名ではなく、両種を合わせたご当地名とすればよいのではないかとする意見もある[3]

脚注

関連項目

外部リンク

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