川上貢
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委員・役員ほか
- 出生から修学期
1924年9月6日、大阪府大阪市に生まれた[1]。1931年4月、東淀川区中津尋常高等小学校に入学。1936年、都島区都島小学校へ転校。1937年4月、大阪市立都島工業学校建築科に入学[2]。しかし戦局の悪化にともなって1942年12月に繰り上げ卒業。
1943年4月、大阪理工科大学予科に進学。1945年4月、同学理工学部応用化学科に進学。しかし1946年3月に大阪理工科大学を退学し、京都帝国大学工学部建築学科に入学[1]。在学中は村田治郎の薫陶を受けた[1]。同期には大森健二、山田幸一がいた[1]。1949年、同大学を卒業[1]。卒業後は同大学大学院に特別研究生として在籍したが、1953年に工学研究科を退学。
- 建築史学研究者として
退学後、京都大学工学部講師に就いた[1]。1955年、京都大学工学部助教授に昇格[1]。1958年、学位論文『日本中世住宅の研究』を京都大学に提出して工学博士号を取得[1][3]。1966年、京都大学工学部教授に昇格[1]。1988年に京都大学を定年退官し[1]、名誉教授となった。同年4月からは福井大学工学部教授として教鞭をとり、1990年に退任[1]。1990年からは大阪産業大学工学部教授(1995年まで)[1]。
学界では、1987年から1989年まで建築史学会会長を務めた。2012年3月20日、大阪府で肺炎のため死去[1]。享年87歳。