川井重勇
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 川井 重勇 かわい しげお | |
|---|---|
|
2015年10月 | |
| 生年月日 | 1947年11月23日 |
| 出生地 |
|
| 没年月日 | 2021年4月30日(73歳没) |
| 死没地 |
|
| 出身校 | 武蔵工業大学工学部土木工学科卒業 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 |
正五位 旭日中綬章 |
| 公式サイト | 川井しげおオフィシャルサイト |
| 在任期間 | 2015年10月8日 - 2017年7月22日 |
| 選挙区 | 中野区選挙区 |
| 当選回数 | 5回 |
| 在任期間 | 1997年7月23日[1] - 2017年7月22日 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 |
1979年5月1日 - 1985年6月 1987年5月1日 - 1993年6月 |
川井 重勇(かわい しげお、1947年(昭和22年)11月23日 - 2021年(令和3年)4月30日)は、日本の政治家。正五位。
自由民主党所属の元東京都議会議員(5期)、元東京都議会議長(第47代)、元東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事。元中野区議会議員(通算4期)。
東京都中野区南台に生まれ、中野区立新山小学校、中野区立第一中学校を卒業。1971年、武蔵工業大学(現在の東京都市大学)工学部土木工学科卒業[2]。1978年、自民党東京都連青年部総務会副会長となる[3]。
1979年4月22日の中野区議会議員選挙で中野区議会議員に当選。2期目途中の1985年に辞職し東京都議会議員選挙に無所属で立候補するが8人中6位で落選[4]。1987年4月26日の中野区議会議員選挙で再び中野区議会議員となる。足掛け4期目途中の1993年に2度目の辞職をして東京都議会議員選挙に今度は自民党から立候補するがこの時も8人中6位で落選[5]。
1997年、東京都議会議員選挙に立候補し、3度目にしてようやく初当選する。以後、5期連続当選。東京都議会自由民主党政務調査会長や幹事長を務める[2]。
2012年、東京都議会オリンピック・パラリンピック招致議員連盟の設立に参加し、同議連の会長に選出された。2015年10月8日、高島直樹の辞任に伴い、第47代東京都議会議長に選出された[6]。
2017年7月2日に投開票が行われた東京都議会議員選挙では、6人中4位となって落選した[7]。今後の進退について問われると、「若い人を、自民党再生をしていかなければならない」と答え、政界引退を表明した[8]。
2019年春の叙勲で旭日中綬章を受章[9]。2021年4月30日、大腸がんのため、東京都内の病院で死去[10]。73歳没。死没日をもって正五位に叙される[11]。