川越郵便局 (埼玉県)
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| 基本情報 | |
| 正式名称 | 川越郵便局 |
| 前身 | 川越郵便取扱所 |
| 局番号 | 03002 |
| 設置者 | 日本郵便株式会社 |
| 所在地 |
〒350-8799[1] 埼玉県川越市三久保町13-1 ![]() |
| 位置 | 北緯35度55分18.3秒 東経139度29分09.5秒 / 北緯35.921750度 東経139.485972度座標: 北緯35度55分18.3秒 東経139度29分09.5秒 / 北緯35.921750度 東経139.485972度 |
| 貯金 | |
| 店名 |
ゆうちょ銀行 川越店 (さいたま支店川越出張所) |
| 取扱店番号 | 030020 |
| 保険 | |
| 店名 | かんぽ生命保険 代理店 |
| 特記事項 | |
| ATMホリデーサービス実施 | |
沿革
黎明期
川越喜多町の商人であった水村精が、日本の郵便制度開始に伴って郵便取扱人の募集に応じ、1872年8月4日(明治5年7月1日)[3]、川越郵便取扱所を自宅に開設した[4]。これが川越における最初の郵便局である。1873年(明治6年)には川越郵便役所となり[3]、1875年(明治8年)1月1日には郵便制度の改定により川越郵便局と改称された。このときは五等級のうち三等郵便局であった。翌日より為替取扱を開始[3]、1879年(明治12年)1月28日からは貯金取扱を開始した[3]。
電信電話
1888年(明治21年)12月、川越二等電信局が併設されたことに伴い、喜多町から江戸町(現在の大手町交差点付近)に移転した[5]。1890年(明治23年)5月16日には川越郵便電信局となった[3]。明治26年(の川越大火では郵便局も被害にあったため、川越の豪商であった横田家が所有する志義町(現仲町)の家屋に移転した。移転後は横田五郎兵衛の長男準之助が局長を務め、後に黒須喜兵衛の息子博吉に代わった[5]。
1903年(明治36年)4月1日に、通信官署官制の施行に伴い川越郵便局となった[3]。1904年(明治37年)3月5日、局内に川越電話所が開設され、同日に設置された熊谷を含む関東各地との電話交換が開始された[6]。同年4月には同じ志義町の新局舎に移転した[5][7]。翌1905年(明治38年)には特定三等郵便局となり、官吏が郵便局長を務めることになった[5]。
1910年(明治43年)には、当時加入者が増えていた電話設備の収容が困難となったことから、綾部利右衛門を代表とする加入者によって志義町内に新局舎が確保され[8]、同年6月1日に移転した[9]。この新局舎は、現在の仲町交差点の北東角[注釈 1]にあった[10]。
1922年(大正11年)には二等郵便局に昇格し、東京逓信局管轄下となった[11]。
1928年(昭和3年)には郵便庁舎と電話庁舎を分ける形で、新局舎の建設が始まった[注釈 2]。土地買収費用が72,000円、建設に153,000円(いずれも当時の金額)を投じ、翌1929年(昭和4年)10月24日に竣工、11月10日から郵便局が移転し業務を開始した[12]。
現在地への移転
1968年、三久保町にあった旧石川組製糸(のちに埼玉繊維工業所有)川越工場の跡地に新局舎が建設され、同年11月24日に移転した[13]。
1991年(平成3年)10月1日には、外国通貨の両替および旅行小切手の売買に関する業務取扱を開始した[14]。1993年(平成5年)7月5日には、川越西郵便局の新設に伴って川越市の一部地域の集配業務を同局に移管する一方、川越市の一部地域の集配業務を上福岡郵便局から移管した[15]。
民営化
2007年(平成19年)10月1日には民営化に伴い、併設された郵便事業川越支店、ゆうちょ銀行川越店に一部業務を移管した。2010年(平成22年)4月1日、川島集配センターの統括を郵便事業川越西支店から同川越支店に移管。2012年(平成24年)10月1日には日本郵便株式会社発足に伴い、郵便事業川越支店を川越郵便局に統合した。2015年(平成27年)9月1日、ゆうゆう窓口の24時間営業を廃止した。
