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広瀬正一

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本名 広瀬 正一(ひろせ まさかず)
生年月日 (1918-06-23) 1918年6月23日
没年月日 不詳年
出生地 日本の旗 日本
ひろせ しょういち
広瀬 正一
本名 広瀬 正一(ひろせ まさかず)
生年月日 (1918-06-23) 1918年6月23日
没年月日 不詳年
出生地 日本の旗 日本
職業
ジャンル
活動期間 1950年 - 1990年代
配偶者 無[1]
主な作品
『キングコング対ゴジラ』
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広瀬 正一(ひろせ しょういち[2][3][4]、(1918年〈大正7年〉[4]6月23日[5][6] - 没年不詳)は、日本の元俳優、スーツアクターである。本名は広瀬 正一(ひろせ まさかず)。[要出典]

1950年(昭和25年)、東宝に入社した。同期には中島春雄がおり、俳優学校でも同窓であった[4]。クレージーキャッツ映画の常連でもある。

『キングコング対ゴジラ』(1962年)でキングコング役を演じた[7][4][8]。

1971年、東宝の大部屋が廃止になり、所属俳優は全てリストラされたが、広瀬は撮影所のステージマンとして残り[4]、1990年代まで元気な姿を見せていたという[9][8]。1980年代までは映画にも出演していた[4]。

しかし、同年代半ばごろに椎間板ヘルニアを患い東京都大田区大森南の東京労災病院に入院[1]。数年後、入所先の老人ホームで死去したとされるが、詳細な没年月日については不詳である[1]。

人物

ソロモン海戦の生き残りということで「ソロモン」というあだ名がつけられた[10][4][9][8][注釈 1]。

特技は殺陣。ゴジラ役として広瀬が演じる怪獣と立ち回りを行った中島春雄は、広瀬についてアクションが得意という印象はなかったが、一生懸命でいい相手役であったと述懐している[4]。

恰幅の良い体格に反して酒は苦手であったといい、中島はコップ半分のビールで真っ赤になっていたと証言している[4]。

広瀬は『キングコング対ゴジラ』以前から怪獣役に興味を持ち、「何かあったらやらせてくれ」と熱心に特撮班に働きかけていた[8]。キングコング役は、サルのモノマネが得意であったことから広瀬が自ら志願したという[11]。中代文雄によれば、特技監督の円谷英二が「今度のコング役は誰がいいかな」と言うので、普段の立ち居振る舞いから「彼(広瀬)なんてどうですか」と答えたところ、円谷も「あれはピッタリだな」と納得したという。ところが、実際に着ぐるみを着ての演技になると、動きが猿そのものになってしまい(広瀬自身、動物園で猿の動きを研究したという)、「普段通りにやってくれ」との指示が出たという[12]。中島も、他人の悪口をあまり言わない円谷が「ぬいぐるみを被るとコングじゃなくなる」と苦言を呈していたことを証言している[11]。また、広瀬は汗っかきであったため、造形助手の開米栄三はスーツのメンテナンスに苦労していたという[11]。

出演作

映画

テレビ

殺陣

脚注

参考文献

外部リンク

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