毛利郁子

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生年月日 (1933-04-25) 1933年4月25日(93歳)
身長 160cm
職業 女優
もうり いくこ
毛利 郁子
毛利 郁子
『消えた小判屋敷』
生年月日 (1933-04-25) 1933年4月25日(93歳)
出生地 日本の旗 日本 高知県幡多郡宿毛町
(現:宿毛市
身長 160cm
職業 女優
ジャンル 映画
活動期間 1956年 - 1969年
活動内容 1956年 大映入社
1957年 大映東京撮影所作品でデビュー
1959年 大映京都撮影所に異動
1969年 引退
配偶者 不詳
主な作品
透明人間と蝿男
青蛇風呂
眠狂四郎女妖剣
眠狂四郎多情剣
妖怪百物語
妖怪大戦争
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毛利 郁子(もうり いくこ、1933年4月25日 - )は、日本の元女優グラマー女優と称され時代劇でも活躍したが、男女関係のもつれから妻子持ちの男性を刺殺し3年間服役していた。

1933年(昭和8年)4月25日高知県幡多郡宿毛町(現:宿毛市)の呉服商の家に生まれる[1]高知県立宿毛高等学校を卒業後、親戚の経営する大分県別府市の旅館でフロント係を勤めていた1955年(昭和30年)、「全国温泉旅館美女コンテスト」で「ミス温泉」に選ばれた[2][3]。日本生まれの中国人ヤクザに強姦され、福岡中洲のクラブで働かされたのち、地元暴力団の親分の妾となる[4]

その後上京し、俳優座の委託研究生を経て大映に第10期ニューフェイスとして入社したのは1956年のことである[1]

1957年(昭和32年)、大映東京撮影所が製作した特撮映画透明人間と蝿男』でデビュー[1]、現代劇の女優としてキャリアを始めた。当時の公称サイズは「身長160センチ、バスト96センチ、ウエスト55センチ、ヒップ92センチ」としており、大映の紺野ユカ、東宝中田康子新東宝前田通子三原葉子万里昌代左京路子筑紫あけみ松竹泉京子炎加世子日活筑波久子白木マリ東映小宮光枝と並ぶグラマー女優と称された[5]。撮影所にペットとして持ち込むほどのヘビ好きとして知られ、猟奇的な映画で抜群の存在感を発揮したとされ多く報道もされたが、実際にはヘビを怖がらなかった程度であるという。本人によると、そういった特徴を喧伝されたほうがいいという旨の話を父親にしていた[6]

1958年(昭和34年)6月15日に公開された弘津三男監督の『白蛇小町』で初めて大映京都撮影所作品に出演し、1959年(昭和34年)、東京撮影所から京都撮影所に異動、以降、時代劇女優に転向する。同年1月22日に公開された弘津三男監督の『青蛇風呂』では、主演女優の座を勝ち取っている。以降、怪談映画をはじめ、勝新太郎の「座頭市シリーズ」や市川雷蔵の「眠狂四郎シリーズ」など、100本近い作品に出演した。1960年代の日本映画の斜陽期において、妖艶な演技で映画界を牽引した。殊に「眠狂四郎シリーズ」の第4作『眠狂四郎女妖剣』と第7作『眠狂四郎多情剣』において演じた「将軍家息女・菊姫」役は、その鬼気迫る演技と存在感は作品に鮮烈な印象を残した。

1964年(昭和39年)10月28日に放映を開始した連続テレビ映画風雲児半次郎 唐芋侍と西郷』(監督安田公義/井沢雅彦、東伸テレビ映画/毎日放送)にも出演している。再上映やビデオ発売の多い『妖怪百物語』『妖怪大戦争』での、ろくろ首役も名高い。

1969年(昭和44年)12月14日朝、当時交際していた妻子持ちの男性(交際は7年越し、毛利との間に当時3歳の男児を儲けていた)を包丁で刺殺、翌日自供し逮捕される。現役の女優が殺人を犯す事例は初めてであった。事件直後の同年12月20日に公開された自身最後の出演作『秘録怪猫伝[1]は、ヒット作となった。

報道によると、その男性から別れ話を切り出され将来の生活が不安になったため、脅してでも彼の態度をはっきりさせようと広峰山兵庫県姫路市)のドライブウエーに停めた乗用車の中で翻意を促したが、応じてくれないので持っていた包丁を見せた。それでも彼は「やれるものならやってみぃ」と言ったので上腹部を刺した。1970年(昭和45年)4月17日、神戸地方裁判所姫路支部は求刑通り懲役7年の判決を言い渡した[7][8]

大映社長の永田雅一、共演者の勝新太郎らは減刑嘆願書を提出した[9][10]

1970年(昭和45年)9月17日、大阪高等裁判所は被告人にも同情すべき点はあると一審判決を破棄、懲役5年を言い渡す。判決理由の中で「ひたすら愛情を傾けていたのに彼に冷たくされ、子供の認知についても渋られ、将来に不安を感じていた被告人の立場には同情すべき点がある。また、子供も小さいので長い刑期は適切ではない」などと述べた[7][8]。この判決は確定し、毛利は和歌山刑務所に収監されて服役。模範囚として減刑され[11]、3年後の1973年仮釈放された[1]。その間、1971年(昭和46年)12月までには大映は破産していた。

出所後は芸能界を引退し、東京都内クラブで働いたとされる[11]

2012年(平成24年)6月現在、100本近い毛利の出演作のうち、『透明人間と蝿男』(1957年)、『次郎長富士』『紅あざみ』『初春狸御殿』(1959年)、『ぼんち』(1960年)、『続 惡名』(1961年)、『座頭市物語』『斬る』『殺陣師段平』(1962年)、『新選組始末記』『手討』(1963年)、『座頭市血笑旅』(1964年)、『大殺陣 雄呂血』(1966年)、『座頭市牢破り』(1967年)の14作が東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されている[12]

出演作

特に断らない限りは、「製作大映京都撮影所、配給大映」である([13][14][15])。

1950年代
1960年
1961年
1962年
  • 女と三悪人 : 監督井上梅次、1962年1月3日公開
  • 化身 : 監督森一生、1962年1月14日公開 - 「かよ」役
  • 三代の盃 : 監督森一生、1962年3月4日公開
  • 座頭市物語 : 監督三隅研次、1962年4月18日公開 - 「繁造女房お豊」役
  • 斬る : 監督三隅研次、1962年7月1日公開 - 「若山」役
  • 『てなもんや三度笠』第22話「吉田通れば」:ABC(キー局)、1962年9月30日放送[17]
  • 殺陣師段平 : 監督瑞穂春海、1962年9月30日公開 - 「丸髷の女」役
  • 瘋癲老人日記 : 監督木村恵吾、製作大映東京撮影所、配給大映、1962年10月20日公開 - 「ひろみ」役
1963年
  • 新選組始末記 : 監督三隅研次、1963年1月3日公開
  • 影を斬る : 監督池広一夫、1963年3月1日公開
  • 悪名市場 : 監督森一生、1963年4月28日公開
  • 宿無し犬 : 監督田中徳三、1963年5月2日公開 - 「マダム」役
  • 手討 : 監督田中徳三、1963年5月29日公開
  • 長脇差忠臣蔵 : 監督渡辺邦男、1962年8月12日公開 - 「お加代」役
  • 雑兵物語 : 監督池広一夫、1963年7月13日公開 - 「居酒屋の女」役
  • 悪名波止場 : 監督森一生、1963年9月7日公開
  • 抜打ち鴉 : 監督加戸敏、1962年12月26日公開 - 「お春」役
1964年
1965年
  • 暴れ犬 : 監督森一生、1965年3月6日公開
  • 悪名幟 : 監督田中徳三、1965年5月1日公開
  • 続・兵隊やくざ : 監督田中徳三、1965年8月14日公開 - 「女」役
  • 密告者 : 監督田中重雄、1965年11月13日公開 - 「西脇貞子」役
1966年
1967年
1968年
1969年

掲載記事

国立国会図書館蔵書を中心とした掲載記事の一覧である[19]

  • 「緑蔭 新東宝・姿まゆみ 大映・毛利郁子」、『小説倶楽部』第11巻第6号、桃園書房、1958年6月、巻頭 - 姿まゆみとともに
  • 「毛利郁子・紺野ユカ」、『面白倶楽部』第11巻第13号、光文社、1958年10月、巻末 - 紺野ユカとともに
  • 「黄色い夢 毛利郁子(大映)」小林晃、『小説倶楽部』第12巻第4号、桃園書房、1959年3月、巻頭
  • 「グラマー女優毛利郁子の本番『愛人刺殺事件』」、『サンデー毎日』第49巻第1号、毎日新聞社、1970年1月、p.162-163.
  • 「怪奇女優・毛利郁子が愛人を殺害」、『週刊平凡』第12巻第2号、平凡出版、1970年1月、p.184-185.
  • 「毛利郁子・36歳のあまりにもわびしい半生」、『週刊明星』第13巻第1号、集英社、1970年1月、p.221-225.
  • 「毛利郁子が愛人剌すまで」、『講演時報』第1483号、連合通信社、1970年1月、p.12-16.
  • 「毛利郁子事件でバクロした女優の愛情生活 - スキャンダルの淵をさ迷う女優列伝」『週刊文春』第12巻第1号、文藝春秋、1970年1月、p.32-35.
  • 「ヘビ女優・毛利郁子に勝新らが減刑嘆願」、『週刊明星』第13巻第8号、集英社、1970年3月、p.175-176.
  • 「殺人女優毛利郁子の減刑に全力尽くす永田氏」、『週刊サンケイ』第19巻第10号、サンケイ出版、1970年3月、p.32-33.
  • 「女優毛利郁子に実刑7年の判決」、『週刊平凡』第12巻第18号、平凡出版、1970年4月、p.150-154.
  • 「情報センター・ぎりぎり最終版 毛利郁子」、『週刊明星』第13巻第17号、集英社、1970年5月、p.42-45.
  • 「ワイド大特集 事件スターがたどった運命の足どり 毛利郁子」、『週刊明星』第13巻第30号、集英社、1970年8月、p82-83.
  • 「ミスに選ばれた美女たちの"ミス" 毛利郁子」、『週刊ポスト』第3巻第21号、小学館、1971年5月、p.160-161.
  • 「事件のあとの女のドラマ 永田洋子・奥村彰子・毛利郁子・石川玲子」、『主婦と生活』第30巻第12号、主婦と生活社、1975年9月、p.182-189.
  • 『愛人刺殺事件 蛇女優・毛利郁子 悪女の履歴書』丸川賀世子、『主婦と生活』第38巻第3号、主婦と生活社、1983年3月、p.116-123.
  • 『昭和・平成「女の主役」事件史 第14回 ヘビ女優「毛利郁子」を狂わせた妻子ある男の「嘘」(上)』、『週刊新潮』第45巻第26号、新潮社、2000年7月6日、p.140-143.
  • 『昭和・平成『女の主役』事件史 第14回 ヘビ女優「毛利郁子」を狂わせた妻子ある男の「嘘」(下)』、『週刊新潮』第45巻第27号、新潮社、2000年7月13日、p.148-151.

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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