恋路駅
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歴史
駅構内
廃止後
能登町東隣の珠洲市に本社を置く宗玄酒造が2009年、恋路駅跡から北側のトンネル(宗玄隧道、約130メートル)までの約500メートルを含む一帯の土地を買い取った[2]。2011年の東日本大震災を受けて、宗玄酒造は、海抜約10メートルの高さにある宗玄トンネルを、津波に備えた日本酒の製品保護と熟成のため「隧道蔵」として使うことにした[2][8][9]。
旧恋路駅への観光客が多いことから、かつて鉄道が走っていた証しを残すことも兼ねて[2]、同社は宗玄トンネルと旧恋路駅間の約300メートルに線路を再敷設して、2013年4月1日から「奥のとトロッコ鉄道」(のトロ)を走らせていた[9][10][11]。また、この「のトロ」は開設した2013年度のグッドデザイン賞を受賞している[12]。
2024年1月1日に発生した能登半島地震により、ホームや線路の損壊や、「隧道蔵」の入口が土砂崩れで塞がれるなどの大きな被害を受けた。このため、旧恋路駅は同年9月から順次撤去された[13]。

