恒先

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恒先[1](こうせん[1][2]拼音: Héng xiān恆先[3])は、中国戦国時代ごろの文献。1994年に発見された上博楚簡に含まれる新出文献[3]道家的な宇宙生成論を説く[3]

内容

難解であり[4]、多様な解釈がある[5]。以下の要約は浅野裕一の日本語訳に基づく[6]

「恒」(こう、つね)が宇宙の原初段階(「先」)である。「恒」は「」だったが、「質・静・虚」が増大すると「或」(わく、惑)の段階に移行した。「或」は「有」であり「」が自生した。「気」から天地が生まれた。

「或」から「有」、「有」から「」、「性」から「音」、「音」から「言」、「言」から「」、「名」から「事」が出た。「或」が「或」でなければ「或」とは言わない(或非或、無謂或)。「有」が「有」でなければ「有」とは言わない。「性」が「性」でなければ「性」とは言わない。「音」が「音」でなければ「音」とは言わない。「言」が「言」でなければ「言」とは言わない。「名」が「名」でなければ「名」とは言わない。「事」が「事」でなければ「事」とは言わない。

人類が生まれる前は「善」「治」だったが、人類が生まれて「不善」「乱」が生まれた。「恒」が天下の万物に命名した後、人類が虚名を与えた。天下の明王・明君・明士は「或」によって政治をしているが、「恒」にそむいていることに気づかないため失敗に終わる。

解説

1994年、上海博物館香港の骨董市場から購入した竹簡群「上博楚簡」に含まれ[3]、2003年、『上海博物館蔵戦国楚竹書(三)』として上海古籍出版社中国語版から公刊された[7]

全13簡からなり、出土文献としては珍しく、文字に欠損が全く無い[3]

『恒先』という題名は、第3簡の背に記されている[1]。「恒先」でなく「亘先(亙先)」「極先」などとする解釈もある[8][9][10]。「恒」は「」と同じ概念とする解釈もあれば、「道」とは異なる概念とする解釈もある[11][12][13]

書写年代は戦国中期だが、成立年代は春秋末期から戦国前期にさかのぼる可能性がある[14]

馬王堆帛書黄帝四経[15]郭店楚簡太一生水[1][15][16][17]、上博楚簡『凡物流形[16]とともに、道家の生成論に関する新出文献となっている。類似する伝世文献に『老子[1]楚辞[2][14]などがある。「[17][18]や「[19][20][21]の用例としても注目に値する。

参考文献

脚注

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