走馬楼呉簡
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 走馬楼呉簡 | |
|---|---|
| 作製年代 | 後漢建安年間 - 三国呉嘉禾年間 |
| 発見年月 | 1996年7月 - 12月 |
| 出土地 |
|
| 所蔵者 | 長沙簡牘博物館 |
| 図版 | 『長沙走馬楼三国呉簡』(文物出版社) |
| 資料データ | |
| 種別 | 竹簡、木牘 |
| 数量 | 14万枚以上 |
| 寸法 | 大木簡=長さ42.2cm - 56.2cm、幅1.2cm - 5.5cm、厚さ0.1cm - 1.5cm。戸籍類=長さ23.2cm - 23.5cm、幅1cm - 1.2cm、厚さ0.2cm |
| 内容 | 券書類、官府文書や司法文書、戸籍類、名刺など |
| 書体 | 隷書・草書・行書・楷書[1] |
走馬楼呉簡(そうまろうごかん)は、中国の湖南省長沙市芙蓉区定王台街道の古井戸から出土した三国時代の呉の簡牘群である。現在は長沙簡牘博物館に収蔵されている。
1996年7月から12月にかけて、長沙市芙蓉区の五一広場の西側で平和堂ビル(平和堂商厦。日本の平和堂と湖南省の事業体の合弁企業である湖南平和堂の商業ビル)を建設する工事の際、地下の古井戸で三国時代の呉の紀年をもつ簡牘が発見された[2]。竹簡は136729枚、木簡は60枚、大木簡2548枚、幅広の木牘165枚など、その総数は約14万枚に及んだ[3]。内容は呉の長沙郡臨湘県と臨湘侯国の文書で、後漢の中平2年(185年)から呉の嘉禾6年(237年)にかけて書かれたものであった。建安年号は27年まで使用されていた[4]。
走馬楼呉簡の発見は、1996年度の全国十大考古新発見のひとつに選出された[2]。「走馬楼」は周辺の地名による[2]。
この史料の大部分を占めるのは、役所の出納帳や戸籍の断片である[2]。三国時代の呉国の土地制度や税制、司法制度や典礼を知る重要史料となっている。