恩地日出夫
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東京市(現世田谷区)に生まれる。長野県、山形県への学童疎開を経験した後、東京都立千歳高等学校(現・東京都立芦花高等学校)卒業。慶應義塾大学経済学部卒業後、東宝に入社[4]。森谷司郎、木下亮が同期。
堀川弘通監督の助監督を経て、1960年、27歳で監督に昇進、東宝ヌーベルバーグとも呼ばれた『若い狼』で監督デビュー[4]。続いて、団令子主演で作品を発表するが、「観念的」「難解」と評される。ブランクの後、内藤洋子売り出しのための『あこがれ』を制作。そのみずみずしい映像感覚は評判となる。その後の『伊豆の踊子』『めぐりあい』などで、青春映画に新境地を開く。
以後、寡作ながら新宿西口バス放火事件の被害者の手記を映画化した『生きてみたいもう一度・新宿バス放火事件』や、昭和30年代の農村で育つ子供達の姿を活写した『四万十川』などを発表。『蕨野行』(村田喜代子原作)では、芸術選奨文部大臣賞・報知映画賞監督賞を受賞している。
一方テレビドラマでは『傷だらけの天使』(1974年 - 1975年)の監督を手がけた。特にオープニング映像の演出は視聴者に強烈な印象を与え、テレビ史における名シーンとなっている。
1979年には、シンガーソングライターの泉谷しげるを主役に起用した土曜ワイド劇場『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』で、芸術祭賞優秀賞を受賞[4](この作品が泉谷の俳優デビュー作となった)。
人物
主な監督作
映画
- 若い狼(1961年)
- 高校生と女教師・非情の青春(1962年)
- 素晴らしい悪女(1963年)
- 女体(1964年)
- あこがれ(1966年)
- 伊豆の踊子(1967年)
- めぐりあい(1968年)
- 昭和元禄・TOKYO196X年(1968年)
- 恋の夏(1972年)
- しあわせ(1974年)
- 地球(テラ)へ…(1980年)
- 生きてみたいもう一度・新宿バス放火事件(1985年)
- 四万十川(1991年)
- 結婚 佐藤・名取御両家篇(1993年)
- 蕨野行(2003年)
テレビドラマ
- 火曜日の女シリーズ(日本テレビ)
- ガラス細工の家 全7話(1973年)
- 土曜日の女シリーズ(日本テレビ)
- 天使が消えていく 全6話(1973年)
- 鏡の中の顔 全6話(1974年)
- 赤い迷路(1974年、TBSテレビ・大映テレビ)第5話、第9話
- 傷だらけの天使(1974年 - 1975年、日本テレビ・東宝)OP、第2話、第7話、第14話、第15話、第19話
- 夜明けの刑事(1974年 - 1977年、TBSテレビ・大映テレビ)
- 俺たちの旅(1975年 - 1976年、日本テレビ・東宝)第9話、第17話
- 愛のサスペンス劇場(日本テレビ)
- 突如として男が(1975年)
- 欲望(1975年)
- 青い幸福(1976年)
- 薪能(1977年)
- 人間の証明(1978年、毎日放送・東映)
- 飢餓海峡(1978年、フジテレビ・バリアンツ)第3話、第4話、第7話
- 人はそれをスキャンダルという(1978年、TBSテレビ・大映テレビ)
- 土曜ワイド劇場(テレビ朝日)
- 復讐 ある女教師の告白(1978年)
- 戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件(1979年)
- 欲望の海峡(1980年)
- 火曜サスペンス劇場(日本テレビ)
- 月曜ワイド劇場(テレビ朝日)
- 子供たちの復讐(1983年)
- 夏樹静子サスペンス(関西テレビ)
- 死者の嘘(1986年)
- 突然の朝(1986年)
- 京都かるがも病院 (1986年、テレビ朝日・東映)第1話、第2話、第4話
未制作作品
- アダムの星(1968年~1969年頃) - 後に「男と女の神話」に改題されるも未制作となる。