李相日

日本の映画監督 From Wikipedia, the free encyclopedia

李 相日(リ サンイル[3]朝鮮語: 이상일1974年1月6日[4] - )は、日本の映画監督、脚本家。 新潟県生まれ、横浜育ちの在日コリアン三世[4][5]。人間の葛藤や社会の闇を深く掘り下げた作風で知られる。監督作品は数多くの映画賞を受賞しており、日本を代表する映画監督の一人として高い評価を得ている。

生年月日 (1974-01-06) 1974年1月6日(52歳)
概要 リ サンイル 李 相日, 生年月日 ...
リ サンイル
李 相日
李 相日
2025年
生年月日 (1974-01-06) 1974年1月6日(52歳)
出生地 日本の旗 新潟県新潟市[1]
出身地 日本の旗 神奈川県横浜市[2]
職業 映画監督脚本家
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1999年 -
主な作品
フラガール』/『悪人』/『許されざる者
怒り』/『流浪の月』/『国宝
受賞
東京国際映画祭
黒澤明賞
2025年
日本アカデミー賞
ブルーリボン賞
その他の賞
新藤兼人賞 金賞
2003年BORDER LINE
報知映画賞
作品賞
2006年フラガール
2010年悪人
2025年国宝
監督賞
2016年怒り
2025年『国宝』
日刊スポーツ映画大賞
作品賞
2006年『フラガール』
2010年『悪人』
2025年『国宝』
監督賞
2022年流浪の月
2025年『国宝』
キネマ旬報ベスト・テン
ベストワン賞
2007年『フラガール』
2011年『悪人』
日本映画監督賞
2011年『悪人』
2026年『国宝』
脚本賞
2011年『悪人』
毎日映画コンクール
日本映画優秀賞
2007年『フラガール』
日本映画大賞
2011年『悪人』
監督賞
2026年『国宝』
高崎映画祭
最優秀監督賞
2007年『フラガール』
芸術選奨
文部科学大臣新人賞
2007年『フラガール』
山路ふみ子映画賞
2010年『悪人』
2016年『怒り』
日本芸術院賞
2026年『国宝』
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ハングル 이상일
漢字 李相日
発音: イ・サンイル
日本語読み: り そうじつ
概要 李 相日, 各種表記 ...
李 相日
各種表記
ハングル 이상일
漢字 李相日
発音: イ・サンイル
日本語読み: り そうじつ
ローマ字 Sang-il Lee
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代表作には、第30回日本アカデミー賞で最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀脚本賞の3冠に輝いた『フラガール』(2006年)、第34回日本アカデミー賞で優秀作品賞を受賞した『悪人』(2010年)、第49回日本アカデミー賞 最優秀作品賞・最優秀監督賞をはじめ、数多くの賞に輝いた『国宝』(2025年)がある。

経歴

1974年、新潟県生まれ。新潟朝鮮初中級学校で教師をしていた父親を持つ在日コリアン三世[4][5][6]。4歳の頃、一家で横浜に移り住み、横浜の朝鮮初級学校朝鮮中高級学校に通った[4][6]。高校3年に進級するまで野球部に所属[7]

大学は神奈川大学経済学部に進学[6]。在学中、シネカノンのプロデューサー李鳳宇の紹介[4]Vシネマの製作にアルバイトで参加したのがきっかけとなり、映画作りの道へ進む事を決意[5]。卒業後、日本映画学校(現・日本映画大学)に入学[3]。入学当時、監督や脚本は本当に一握りの天才がやるもので、自分はプロデューサー向きと考えていたが、同校にプロデューサーコースはなく、脚本コースも人気で試験に落ちて、結果的に演出コースに進んだ[8][9]

1999年、自身の体験が色濃く反映された卒業制作作品『青〜chong〜』で、第22回ぴあフィルムフェスティバル(PFFアワード2000)でグランプリを含む史上初の4部門(企画賞、エンターテイメント賞、音楽賞)を独占[10]、第4回釜山国際映画祭や第29回ロッテルダム国際映画祭などに招待された後、2001年に国内で劇場公開された[11][4]。卒業後は、約1年間フリーの助監督として現場の経験を積んだ[5][8]

2001年、第12回PFFスカラシップ作品として制作された『BORDER LINE』では、最も将来性を期待できる監督に与えられる新藤兼人賞金賞を受賞するなど高い評価を得る。この長編デビュー作が、村上龍の小説「69 sixty nine」の映画化の企画を温めていた伊地智啓プロデューサーの目に留まり、既に宮藤官九郎に脚本を依頼していた『69 sixty nine』(2004年)の監督に抜擢、初のメジャー作品というプレッシャーを感じさせない軽妙な青春映画に仕上げ、好評を得た[4]

2005年、『青〜chong〜』の頃から才能に注目してきた佐々木史朗プロデューサーに声を掛けられ、李自身のオリジナル脚本を元にした「スクラップ・ヘブン」を発表[4]。前作からトーンを一変させ、もう若くはない現代の男性二人の鬱屈した怒りの発露をシニカルに描いた[4]

2006年、昭和40年の閉鎖が迫る福島県いわき市常磐炭鉱を舞台に町おこしとして常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)を作ったという実話を元にした『フラガール』を監督、独立系映画会社の制作・配給ながら、口コミで評判を呼び、最終的に観客動員130万人、興行収入15億円を超えるヒット作となり、第80回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストテン第1位・読者選出ベストテン第1位、第30回日本アカデミー賞 最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀脚本賞・最優秀助演女優賞(蒼井優)など多くの賞を受賞した[12]

2010年公開の『悪人』は、吉田修一原作小説を原作者と共に脚本執筆、妻夫木聡主演で映画化、興行収入19億円超えのヒット作となり[13]第84回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストテン第1位・日本映画監督賞・脚本賞、および第65回毎日映画コンクール 日本映画大賞などを受賞。

2016年公開の『怒り』では、再び吉田修一原作小説を、渡辺謙主演で映画化、興行収入16億円超えのヒット作となり[14]第40回山路ふみ子映画賞第41回報知映画賞 監督賞、第40回日本アカデミー賞 優秀作品賞・優秀監督賞・優秀脚本賞・最優秀助演男優賞(妻夫木聡)などを受賞した。

2025年公開の『国宝』では、三度吉田修一原作小説を、吉沢亮主演で映画化、公開から半年で興行収入173億円を突破、22年ぶりに邦画実写歴代1位の記録を塗り替え、歴史的大ヒットを記録[7][15][16][17]第49回日本アカデミー賞 最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(吉沢亮)をはじめ、数々の賞に輝いた。

影響

映画の原体験は、小学生の時に観た『E.T.』(1982年)とTV放送で観た『スター・ウォーズ[8]

好きな監督は、黒澤明今村昌平[5]。「映画学校時代には両監督の映画を良く観た。両監督には異なった魅力がある」と前置きした上で、「黒澤監督は上映中の2、3時間の中で観る者を完全に支配する力がある。緻密なディティールの積み重ねが見事で、完全に計算された世界観に圧倒される。今村監督は人間の本性を見せつけられる感がある。人間が持つ様々な欲や業といった灰汁がスクリーンから臭い立つだ。そして非常に大事なことだが、両者ともユーモアのセンスに長けている」とその魅力を語っている[18]

尊敬する監督に阪本順治の名を挙げている[8]。好きな作品は全部だが、敢えて挙げるなら『トカレフ』と『[8]

台湾エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』は、映画学校時代に出入りしていた映画会社で「映画をやりたいなら見ておくべきだ」と勧められ、強い影響を受けたと語っている。映画『悪人』で出会った原作者・吉田修一も、台湾映画に造詣が深く、互いに好きな映画として熱く語り合った事が意気投合できたきっかけだったと打ち明けている[19]

演出

演技指導は対しては非常に厳しいことで知られ、作品に対する強いこだわりから、演出に対する妥協は許さない監督である[5]

監督作品に出演した俳優陣から様々なコメントが寄せられている。

  • 『悪人』で主人公の祖母役を演じた樹木希林は「李監督は優しい顔をしてるけど、すごく粘り強い人でした」とコメント[5]
  • 『許されざる者』に警察署長役を演じた佐藤浩市からも「久しぶりにキツい奴だった」と述べた[5]
  • 『国宝』では「(吉沢亮横浜流星の)2人には"歌舞伎役者となってもらうため"に一年以上の準備期間をかけて撮影に備えてもらった」と語った[20]
  • 『怒り』に続いて『国宝』でタッグを組んだ渡辺謙は、劇中で少年期の2人の稽古場のシーンでは「今のコンプライアンスでは許されないような…」「ももが真っ赤になった」と撮影中の様子を明かした[21]
  • 『国宝』で共演の寺島しのぶは、舞台あいさつで「(青年期の)2人の歌舞伎の場面の撮影は、これでもか、と何度も繰り返し続き、できるなら、私はタオルを投げ入れたかった」「でも、この2人の努力によって、素晴らしい映像になっています」と語った[20]

なお、監督自身も「撮影中の緊張感で歯をグッと噛み締めているため、1本映画を撮るたびに、歯が1本抜ける」「現在4、5本ものインプラントが入っている」と映画づくりの過酷さを物語るエピソードを打ち明けた[9]

監督作品

映画

テレビドラマ

配信ドラマ

受賞歴

上記は国内の主な賞のみ。全受賞一覧は、国宝_(映画)#受賞参照のこと。

脚注

外部リンク

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