戦争の親玉
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| 「戦争の親玉」 | |||||||||||||
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| ボブ・ディランの楽曲 | |||||||||||||
| 初出アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』 | |||||||||||||
| リリース | 1963年5月27日[1] | ||||||||||||
| 録音 | |||||||||||||
| ジャンル | フォーク | ||||||||||||
| 時間 | 4分34秒 | ||||||||||||
| レーベル | コロムビア・レコード | ||||||||||||
| 作詞・作曲 | ボブ・ディラン | ||||||||||||
| 作曲 | ボブ・ディラン | ||||||||||||
| プロデュース | トム・ウィルソン[3][4] | ||||||||||||
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「戦争の親玉」(せんそうのおやだま、Masters of War)は、ボブ・ディランが1963年に発表した楽曲。メロディはトラディショナルソングの「ノッタムン・タウン」からとられている[5][6]。冷戦下における核戦争の危機の高まりを背景に書かれた反戦歌である[7]。アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録された。
1961年1月に大統領に就任したジョン・F・ケネディは南ベトナムに駐留する軍事顧問団の数を増強させ、年々ベトナム戦争への介入を深めていった[8]。1962年10月から11月にかけて米ソ間のキューバ危機が起こり、世界は核戦争の寸前まで至った[9]。同年12月17日、ディランはBBCのテレビドラマ『Madhouse on Castle Street』に出演するためロンドンへ飛んだ[10]。イギリス滞在中、こうした世相を背景に為政者たちを批難する歌、「戦争の親玉」を書いた[7][6][11][12]。
メロディはトラディショナルソングの「ノッタムン・タウン」からとられた。とくに女性フォーク歌手のジーン・リッチーが歌ったバージョン(1954年発売のアルバム『Kentucky Mountains Songs』に収録)を元にしている[5][6]。「ノッタムン・タウン」は音楽一家であったリッチー家で数世代にわたって伝えられてきた歌であった。レコードが出た後、ジーン・リッチーはディラン側に対し編曲者としてクレジットすることを求めた。ディランの弁護士は裁判上の和解で、リッチーに5000ドルを支払い、それ以上の要求を阻止した[13]。
1963年1月16日、ディランはニューヨークに戻った[3]。1月24日、ミニコミ雑誌『Broadside』のためにニューヨークのフォークウェイズ・スタジオで本作やほかの楽曲を録音した[2]。翌月にも「オンリー・ア・ホーボー」など数曲を録音した[2]。そのうち公式アルバムの収録から外されたいくつかの曲は、「Blind Boy Grunt」という匿名の名義で1964年発売のコンピレーション・アルバム『Broadside Ballads Vol. 1』に収録された。
『Broadside』1963年2月号に本作の歌詞と楽譜が掲載された。飢えた家族が寂しげに見つめる中、ナイフとフォークを持った男が地球を切り分けようとしている挿絵を、ディランの当時の恋人のスーズ・ロトロが描いた[14][15]。
同年4月24日、ディランはセカンドアルバムの制作のためニューヨークのコロムビア・レコーディング・スタジオに入り、「戦争の親玉」を含む5曲を録音した[注 1]。この日のセッションからディランのプロデューサーはジョン・ハモンドからトム・ウィルソンに変わった[3][4]。同年5月27日発売のアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』に収録された[1]。
ディランによる別バージョン
| 録音時期 | 場所 | 収録アルバム | 発売日 |
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| 1963年1月 | ニューヨーク アラン・ローマックスの自宅 | 『Root Hog Or Die: 100 Songs, 100 Years, An Alan Lomax Centennial Tribute』 | 2016年 |
| 1963年2月8日 | ニューヨーク Gerde's Folk City | 『The 50th Anniversary Collection 1963』 | 2013年11月 |
| 1963年3月 | ニューヨーク ウィトマーク・スタジオ | 『ザ・ブートレッグ・シリーズ第9集:ザ・ウィットマーク・デモ』 | 2010年10月19日 |
| 1963年4月12日 | ニューヨーク タウン・ホール | 『ノー・ディレクション・ホーム:ザ・サウンドトラック』 | 2005年8月30日 |
| 1963年4月24日 | ニューヨーク コロムビア・レコーディング・スタジオ(別テイク) | 『The Bootleg Series Vol. 18: Through the Open Window 1956–1963』 | 2025年10月31日 |
| 1963年5月10日 | マサチューセッツ州ウォルサム ブランダイス大学 | 『In Concert – Brandeis University 1963』 | 2011年4月11日 |
| 1963年10月26日 | ニューヨーク カーネギー・ホール | 『The 50th Anniversary Collection 1963』 | 2013年11月 |
| 1984年7月 | イギリス | 『リアル・ライブ』 | 1984年12月3日 |