折田壮太
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経歴
高校時代
2年時までは1学年上の世代に長嶋幸宝や前田和摩がおり、須磨学園としても長嶋率いる西脇工業や前田率いる報徳学園の後塵を拝していたが、3年時には西脇工業を破って全国高校駅伝に出場し、全国高校駅伝で折田は佐藤一世の日本人区間記録に並ぶ28分48秒を記録した。また、個人としても全国高校総体5000mで日本人トップに入ったほか、5000mでは吉岡大翔に次ぐ高校歴代2位(当時)、高校生史上2人目の13分30秒切りとなる13分28秒78を記録した。
大学時代
高校の同期の福冨翔と共に、須磨学園のエリート選手の進路としては定番の青山学院大学に進学。この世代は13分台が6人入学し[注 1]、青学史上最強世代と話題になった。
大学1年次
2024年のU20アジア選手権5000mで優勝した。この世代では初の三大駅伝となる第56回全日本大学駅伝では3区5位の活躍をするも、第101回箱根駅伝への出走はなかった。この世代では初の箱根駅伝に出走し、10区区間賞を獲得した小河原陽琉の活躍を受けて[1]、「小河原世代ではなく、折田世代と呼ばれるようにしたい」[2]と闘志を見せた。
大学2年次
第37回出雲駅伝では2区を任されたが区間10位に終わり、青学大は塩出翔太、黒田朝日の連続区間賞があったものの7位に終わった[3]。レース後のミーティングでは3区10位だった飯田翔大と共に、監督の原晋から「0点の走り」との厳しい評価を受けた。飯田は第57回全日本大学駅伝で6区区間賞の結果を残すが、折田の出走はなかった。一方、MARCH対抗戦では初の10000mながら27分台となる27分43秒92を記録した。第102回箱根駅伝では10区に出走。青学大の先輩にあたる中倉啓敦以来史上2人目の1時間7分台[注 2]となる1時間07分59秒を記録し、箱根駅伝史上初の2度目の3連覇および史上初の10時間30分台となる大会新記録での優勝に貢献した[4][5][6]。
戦績・記録
自己記録
- 1500m - 3分52秒64(2023年7月14日:第3回尼崎中長距離記録会)
- 3000m - 8分00秒13(2024年3月16日:第2回小林市長距離記録会)
- 5000m - 13分28秒78(2023年9月24日:第308回日本体育大学長距離競技会)
- 10000m - 27分43秒92(2025年11月22日:MARCH対抗戦2025)
- 3000mSC - 9分30秒58(2022年4月9日:兵庫県高校陸上競技地区別記録会神戸地区)
- ハーフマラソン - 1時間02分51秒(2025年11月9日:第39回宮古サーモン・ハーフマラソン)