新井町 (横浜市)
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字名
歴史
かつての都筑郡新井新田で、神奈川宿在住の代官・新井忠兵衛が宝暦年間に新田開発の許可を得て、幕府領であった御林・山野を買い取り開墾し、明和7年(1770年)に完成させた[6][8]。新井新田の完成に伴い、豊作を願う鎮守として稲荷神社が建立され、神社の前の道路は「稲荷通り」と呼ばれた[8]。字名やバス停留所名「稲荷通」としても残る[8]。
1874年(明治7年)、伊勢四日市の黒崎平七が新井新田で茶の栽培を始め、後に鈴木政右衛門が新井新田を買い取り茶畑を作ったと伝えられる[8]。茶の生産は1937年(昭和12年)頃まで続いたが、太平洋戦争の激化に伴う食糧事情の悪化からサツマイモや麦に変わり、戦後の都市化により茶畑は姿を消した[8]。横浜市立新井小学校(現:上菅田町1574-1)の校章は、かつて新井新田に存在した茶畑にちなみ茶の葉と花を図案化している[8]。
戦後は団地建設が進み、1963年(昭和38年)より県営千丸台団地が入居開始[8]。翌1964年には横浜駅西口と千丸台団地を結ぶバス路線(62系統)が開業した。宅地化の進展により1960年代後半には店舗も急増し商店街が形成された[8]。同時期には近隣地区でも、県営笹山団地(上菅田町)、公社竹山団地(緑区竹山)と、大規模団地が相次いで造成されている。県営千丸台団地では住民の高齢化が進んでいるが[10]、近年は町内にマンションも新築され子育て世代の流入もある[8]。
年表
- 1751年から1764年新井忠兵衛により開墾。新井新田と呼ばれる。武蔵国都築郡(小机領)新井新田。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 都筑郡上菅田村・新井新田が、中山村、寺山村、上猿山村、下猿山村、鴨居村、本郷村、台村、久保村、榎下村、十日市場村、上菅田村と合併し、新治村大字新井新田となる[6][8]。
- 1939年(昭和14年)4月1日 - 新治村が廃止され横浜市に編入、港北区の一部となる[6][8]。
- 1960年(昭和35年)10月 - 保土ヶ谷病院が開業[8](現:旭区白根7丁目11-1[11])
- 1961年(昭和36年)7月 - 港北病院が開業(新井町486)[8]。
- 1963年(昭和38年)- 県営千丸台団地が入居開始[8]。
- 1964年(昭和39年)- 千丸台団地と横浜駅西口を結ぶバス路線(62系統)が開業。
- 1965年(昭和40年)10月1日 - 行政区再編成に伴い保土ケ谷区に編入[6]。
- 1969年(昭和44年)
- 1975年(昭和50年)9月1日 - 隣接する上菅田町と境界を調整[2]。
- 1977年(昭和52年)7月 - 横浜市立新井中学校が開校[8](横浜市立上菅田中学校から独立)。
- 1982年(昭和57年)8月 - 千丸台連合商店会が発足[8](2014年5月、千丸台商店会へ名称変更[8])。
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 新井町 | 3,158世帯 | 6,217人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[12] | 7,178 |
| 2000年(平成12年)[13] | 7,209 |
| 2005年(平成17年)[14] | 7,163 |
| 2010年(平成22年)[15] | 7,639 |
| 2015年(平成27年)[16] | 7,217 |
| 2020年(令和2年)[17] | 6,705 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[12] | 2,486 |
| 2000年(平成12年)[13] | 2,725 |
| 2005年(平成17年)[14] | 2,814 |
| 2010年(平成22年)[15] | 3,077 |
| 2015年(平成27年)[16] | 3,002 |
| 2020年(令和2年)[17] | 2,991 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[18]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 新井町 | 1〜113番地 665番地以降 | 横浜市立上菅田笹の丘小学校 | 横浜市立新井中学校 |
| 114〜664番 | 横浜市立新井小学校 |
事業所
交通
道路
- 稲荷通り
鉄道
町内に鉄道駅は存在しない。相模鉄道本線西谷駅の北部、JR横浜線鴨居駅の南部に位置する。
路線バス
鉄道駅からは離れているため、町内へのアクセスは路線バスが多く利用される。
