旭丘 (練馬区)
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地価
歴史
旧・武蔵国豊島郡上板橋村字江古田(えごた)。江古田新田として独立した扱いをされることもあった。その名の通り多摩郡江古田村(現在の中野区江古田)の新田(分村)である。1871年(明治4年)11月に浦和県(現埼玉県)から東京府に編入された。1932年(昭和7年)の板橋区成立時に江古田町となり、1947年(昭和22年)、板橋区から分区して練馬区が成立した時に、小竹町と共に練馬区へ移管された。
小竹町と旭丘の2町域が練馬区に移管されたのは、元々板橋警察署江古田駐在所の管轄だったことに起源がある。江古田駐在所が1937年(昭和12年)の練馬警察署設置時に移管され、1944年(昭和19年)に板橋区役所練馬支所が設置された際にその管轄範囲を警察に合わせた。そして練馬区の独立時にその範囲をそのまま引き継いだためである。
旧町名の江古田町は、中野区江古田と間違われることが非常に多かったため、1960年(昭和35年)に小竹町の一部を編入して地番整理を行った際に住民投票が行われ、町内にある旭ヶ丘小学校(旧・上板橋第三小学校)から「旭丘」と名づけられた。1963年(昭和38年)に旭ヶ丘小学校は旭丘小学校に改名。1987年(昭和62年)に栄町の一部を編入して住居表示を実施し、現行の旭丘一丁目から二丁目となった。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ、いずれもその全域) |
|---|---|---|
| 板橋区江古田町 | 1932年10月1日[6] | 上板橋村字江古田 |
| 旭丘一丁目 | 1960年7月1日[7] | 江古田町 |
| 旭丘二丁目 | ||
| 旭丘一丁目 | 1987年1月1日[8] | 旭丘一丁目・旭丘二丁目(一部)・栄町(一部) |
| 旭丘二丁目 | 旭丘二丁目(一部) |
世帯数と人口
2025年(令和7年)4月1日現在(練馬区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 旭丘一丁目 | 3,529世帯 | 5,050人 |
| 旭丘二丁目 | 1,576世帯 | 2,436人 |
| 計 | 5,105世帯 | 7,486人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 7,426 |
| 2000年(平成12年)[10] | 7,411 |
| 2005年(平成17年)[11] | 7,592 |
| 2010年(平成22年)[12] | 7,533 |
| 2015年(平成27年)[13] | 7,299 |
| 2020年(令和2年)[14] | 7,841 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 4,009 |
| 2000年(平成12年)[10] | 4,280 |
| 2005年(平成17年)[11] | 4,511 |
| 2010年(平成22年)[12] | 4,674 |
| 2015年(平成27年)[13] | 4,486 |
| 2020年(令和2年)[14] | 5,191 |
