木曽岬町
三重県桑名郡の町
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木曽岬町(きそさきちょう)は、三重県の北東端、木曽三川の河口部に位置する町。東は愛知県と接し、西は木曽川を挟んで桑名市長島町と接する。また、南は伊勢湾の最北部に面している。トマトが名産。
| きそさきちょう 木曽岬町 | |||||
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鍋田川堤桜並木 ![]() | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 東海地方、近畿地方 | ||||
| 都道府県 | 三重県 | ||||
| 郡 | 桑名郡 | ||||
| 市町村コード | 24303-5 | ||||
| 法人番号 | 7000020243035 | ||||
| 面積 |
15.74km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 |
5,652人 [編集] (推計人口、2026年7月1日) | ||||
| 人口密度 | 359人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
桑名市 愛知県弥富市 | ||||
| 町の木 | 桜 | ||||
| 町の花 | スイセン | ||||
| 町のキャラクター | トマッピー | ||||
| 木曽岬町役場 | |||||
| 町長 | 三輪一雅 | ||||
| 所在地 |
〒498-8503 三重県桑名郡木曽岬町大字西対海地251番地 北緯35度04分33秒 東経136度43分52秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
三重県桑名郡に属する唯一の町で、三重県の市町村で木曽川東岸に位置するのは桑名郡木曽岬町及び桑名市長島町老松の区域である。鍋田川が県境となっているため行政区分上は三重県に属するものの、町の区域の郵便配達は隣接する愛知県弥富市の日本郵便株式会社弥富郵便局が行うため郵便番号は愛知県内の「49」で始まるものが割り当てられており、NTT市外局番も弥富市と同じ「0567」(津島MA)が使用される。
主な新田
加路戸新田、多之束古田、六反田新田、総右衛門新田、喜左衛門新田、城三山(四郎三山)新田、中下の切新田、中上の切新田、下唐崎新田、上唐崎新田、卯高流作畑、代地新田、上代地新田、中代地新田、下代地新田、太兵衛代地新田、大新田、五ヶ所新田、上段新田、八千島新田、砂入新田、川島新田、善五郎新田、荒徳新田、雉子山新田、東堤新田、西堤新田、堤外新田、下南堤外新田、上南堤外新田、外平喜新田、惣泉分新田、操出分新田、川中彦作新田、治郎右衛門新田、本村新田、又仁新田、肩新田、又肩新田、近江島新田、北魦新田、南魦新田、宮北新田、附新田、脇附新田、雁附新田、小附新田、大附新田、一の切新田、二の切新田、三の切新田、四の切新田、西対海地新田、東対海地新田、上の切新田、中の切新田、下の切新田、田代新田、イの割新田、ロの割新田、ハの割新田、ニの割新田、ホの割新田、ヘの割新田、トの割新田、雁ヶ地新田、開地新田、築留新田、小林島新田、小林新田、白鷺新田、白鷺脇附新田、福崎新田、豊崎新田、川先新田、東丸山新田、西丸山新田、見入新田、大見入新田、子新田、茂右衛門新田、伝左衛門新田、彦八新田、兵蔵新田、長次郎新田、辰高新田、流作新田、和泉新田、小泉新田、中泉新田、一の割新田、二の割新田、三の割新田、四の割新田、五の割新田、豊田子新田、承応新田、大縄場新田、富田子新田、藤里新田、源緑新田、道行新田、孫右衛門新田
開発以前の地名
城ノ腰、唐崎、御坊田、嶋ノ内、西小鰭、東小鰭、宮ノ内、東宮前、狐穴、八仙島、上檀、蟻路子新田、雉子山、猿ヶ頭、孫新田
地理
歴史
- 1542年(天文11年)- 源近芳によって諏訪神社が建立される
- 1625年(寛永2年)- 諸戸氏の喜左衛門貞次が開墾を願い出る
- 1627年(寛永4年)- 諸戸氏の宗左衛門定元と喜左衛門貞次が加路戸新田や六反田新田を開墾
- 1628年(寛永5年)- 加路戸新田開墾が終了
- 1632年(寛永9年)- 道行が城三山の開墾を始める
- 1638年(寛永15年)- 諸戸定元、貞次兄弟が大新田を開墾
- 1642年(寛永19年)- 城三山開墾が終了
- 1643年(寛永20年)- 加路戸の堤防が決壊
- 1644年(正保元年)- 加路戸の堤防を改築
- 1661年(寛文元年)- 総右衛門新田と孫左衛門新田が開墾される
- 1757年(宝暦7年) - 見入川が締め切られ、見入輪中及び加路戸輪中が陸続きになる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、桑名郡加路戸新田、大新田、外平喜新田、近江島新田、西対海地新田、田代新田、築留新田、雁ヶ地新田、白鷺脇付新田、福崎新田、豊崎新田、川先新田、富田子新田、中和泉新田、見入新田、和泉新田、小和泉新田、小林新田、小林島新田、東対海地新田、源緑新田、源緑山新田、藤里新田、白鷺新田及び松永新田を廃し、その区域をもって桑名郡木曽岬村を設置する。
- 1891年(明治24年) - 白鷺川が締め切られ、源緑輪中及び加路戸輪中が陸続きになる。
- 1963年(昭和38年) - 鍋田川が締め切られ、町の区域が愛知県側と陸続きになる。
- 1989年(平成元年)5月1日 - 桑名郡木曽岬村を桑名郡木曽岬町とする。
人口
三重県の市町村の中では人口が最も少ない。
| 木曽岬町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 木曽岬町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 木曽岬町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
木曽岬町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
行政
管轄・サービスエリア
行政サービスは三重県桑名警察署(木曽岬駐在所)をはじめ、桑名市消防署長島木曽岬分署、桑名税務署、津地方法務局桑名支局、日本年金機構四日市年金事務所など三重県内の各機関が管轄しており、木曽岬町の農協はJA桑名と合併(その後、他の農協と合併しJAみえきたに)、ケーブルテレビは四日市市にあるシー・ティー・ワイのサービスエリアである。一方、日本郵便株式会社弥富郵便局の担当(郵便番号498)であり、NTT西日本も木曽岬町は名古屋支店の担当エリアで、市外局番は愛知県の津島MAの0567となっており、市内通話区域は愛知県弥富市、津島市、愛西市及び海部郡飛島村の区域等で、桑名市へは市外通話扱いになる。また、放送対象地域が三重県であるNHK津放送局及び三重テレビ放送株式会社が桑名中継局を町内に設置している。
産業
- 木曽岬郵便局
- 木曽岬町商工会館
トマト

トマトの生産量が三重県で最も多く、三重県の総出荷量の約6割を占める[6]。木曽岬のトマト栽培は1956年(昭和31年)に始まり、品種は桃太郎が中心である[7]。伊勢湾台風(1959年)で大きな被害を受け一時は営農意欲が失われようとしていたが、半促成栽培に取り組む農家が現れ、竹ほろを使った簡易的なビニールハウスで栽培を行うようになった[8]。1970年代には木曽岬村(当時)だけでなく、長島町(当時)、多度町(当時)、桑名市(当時)まで栽培地域が広がっており、185戸が55 haに渡ってトマト栽培を行っていた[8]。2015年(平成27年)の農林業センサスによると、木曽岬町のトマト農家は53経営体で、栽培面積は25 haである[9]。
特に水分や肥料を調整した高糖度トマトは「とまリッチ」の名称で販売している[10]。「とまリッチ」の名付け親は三重県知事鈴木英敬(当時)である[11]。またトマトをモチーフにした木曽岬町公式マスコットキャラクター「トマッピー」[12]や、木曽岬町のコミュニティ団体「ボラ倶楽部」のキャラクター「魔法少女トマトちゃん」がいる[13]。
本社を置く企業
工場を置く企業
交通
学校

町内には以下の学校が存在する。町内に高等学校は存在せず、中学を卒業後は原則同じ三重県の桑名市などにある学校に通学することになるが、子供の出身の地区によっては愛知県内の公立の高等学校に進学できる所もある。私立は愛知県内の学校でも可能。






