松前広国
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生涯
寛永8年(1631年)、仙台松前氏初代当主・松前安広の二男として誕生。兄・片倉景長が母方の片倉氏を継いでいため跡取りとなり、明暦2年(1656年)3月21日、父の隠居に伴い仙台松前氏2代当主となる。
寛文5年(1665年)に江戸番頭となり、幼少の藩主・亀千代(のちの伊達綱村)に近侍する。この経歴から「伽羅先代萩」において幼君・鶴喜代の傅役に、広国をモデルとした人物が当てられることとなった。寛文9年(1669年)3月には品川藩邸で隠居していた伊達綱宗の付家老に転じ、延宝4年(1676年)には若年寄に就任した。
天和2年(1682年)3月10日死去。享年52。広国には男子がおらず、一人娘の市は延宝8年(1680年)に片倉村長(景長の子)に嫁いでいたため、末弟の為広が家督を相続した。