樋渡宏嗣
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幼少期は映画を観ており、銀幕に憧れていた部分が眠っていたと語る[6]。
学生時代は体育会系であり、中学時代は野球部、高校時代からはアメリカンフットボール、スキー、空手をしており、当時は芝居に興味がなかった[6]。
一方で幼少期から物を作ることが好きであり、デザインの仕事をするために美術系の大学に進学し、アルバイトを2年くらい続けていた[6]。ある日、デスクワークをすることに違和感を感じて、「この先自分の人生、それをずっと行くのか」と考えていた[6]。その時、幼少期の体験が蘇り、「体を使って何か表現出来ないのか」と出た答えが俳優だった[6]。
大学在学中に文学座演技研究所を受けるも落ちる[6]。その後、東映東京撮影所付属俳優養成所のオーディションを受けて合格[6]。映画のエキストラを経験[6]。エキストラでのデビューは『Wの悲劇』[6]。
大学在学中に養成所に通っていたが、東映の養成所で出会った5人の仲間が文学座を受けることを言い出した[6]。その時に「お前も行こうぜ」と誘われ、「去年、落ちていることからいい」と断っていたが、「皆で文学座に行こうぜ」と言われる[6]。受けたところ樋渡だけ合格したという[6]。
大学4年生の時に中退し[6]、1986年に文学座演技研究所入所に入所[3]。1987年に演劇企画集団「座・陽気な守備隊」に入団[3]。
2004年からマウスプロモーションに所属[3]。