水沼秀幸
From Wikipedia, the free encyclopedia
千葉県船橋市高根台で生まれ育ち、小学6年生のとき地元選出の国会議員である野田佳彦に質問したことを機に政治家への興味を持つ[1][2]。
母親は小学校教員[3]。祖父はエンジニアとして自営業を営んでいた[3]。新潟県出身の祖父と静岡県出身の祖母は、戦後に上京して出会って結婚し、船橋市で生活を開始。その後、母親が船橋で誕生した[3]。
私立江戸川学園取手中学校・高等学校卒業後、早稲田大学商学部・経営コース(内田和成ゼミ)[3]在学中に、政治サークル早大鵬志会にてインターンの形で野田の事務所の手伝いを行う。大学卒業後は東京海上日動火災保険にて2023年6月まで勤務[4]。
2022年に成立した改正公職選挙法により、野田が地盤とした船橋市は西側が千葉4区、東側が千葉14区と分けられることになった[5]。2023年5月16日、野田は14区から立候補し、残る4区の後継として水沼を指名すると発表した[6]。これを受けて、第50回衆議院議員総選挙に立憲民主党公認で千葉4区から立候補。2024年10月27日の投開票の結果、自民党元職の木村哲也ら4人を破り、当選した[7][註釈 1]。
2026年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙では、中道改革連合に合流して千葉4区から立候補した。しかし、同区で新たに立候補した自民党の鹿嶋祐介に約3万5千票の差をつけられ落選、比例復活もならなかった[8]。