沖縄・先島への道
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旅のコース
同行者は、挿絵の須田剋太、編集部のH。原岡加寿栄(編集部のHの同僚)、みどり夫人(登場はしない)。
司馬一行は4月1日に沖縄に飛んだ。29年前のこの日、米軍が沖縄上陸を開始し、その後2ヶ月半の間に、50万の住民が住む沖縄本島では約15万の住民が死に、島全体の兵も石垣も樹も建造物もこなごなに砕かれていった。
ひめゆりの塔や『さとうきび畑』の歌はこの沖縄戦の激しさと悲劇を今日に伝えているが、司馬にとっても、本土の身代わりになった沖縄を平静な気持ちで訪れることはできず、自分が生きていることが罪であるような物憂さに襲われていた。この沖縄問題にどう気持ちの整理を付けるのか、それもこの旅の一つの主題になっている。この旅で出会った何人かの若者が司馬にとってこころの救いになっているのかもしれない。
司馬は1972年の沖縄本土復帰前に2度、復帰後に1度沖縄を訪れている。沖縄問題とは別に、本土では千年前にほろんでしまったかもしれない古代を沖縄に感じることもこの旅の大きな目的になっている。
この旅の中で、沖縄問題を含めた近代という重い現実と、この古代の自由さへの飛翔との葛藤が司馬の心中を渦巻いている。