関ヶ原 (映画)

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関ヶ原』(せきがはら)は、2017年制作の日本映画石田三成徳川家康を主人公に、豊臣秀吉の死から天下分け目の関ヶ原の戦いに至るまでの過程を描いた司馬遼太郎の歴史小説『関ヶ原』の映画化作品。司馬の小説の映画化は、1999年公開の『梟の城』以来18年振りとなる[3]

脚本 原田眞人
製作 市川南
佐野真之
概要 関ヶ原, 監督 ...
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監督・脚本は原田眞人、主な出演は岡田准一役所広司有村架純平岳大東出昌大松山ケンイチらで、有村は時代劇初挑戦となる[4]

あらすじ

冒頭は原作者・司馬遼太郎の少年時の回想シーンから始まる。豊臣秀次係累の処刑場面などにおいて、原作にも史実にもない重大な出来事や設定がある。

石田三成は幼い頃から目端のきく才人で、豊臣秀吉に重用された。天下を取った秀吉が朝鮮に出兵して3年が経過した文禄4年、三成は佐和山城を与えられ、19万石に加増されることが決まっていた。謀反を疑われて自刃した関白秀次の妻妾や侍女たち20名の処刑が決まり、盟友の大谷刑部と共に刑場に立ち会う三成。処刑される侍女たちが直前に、隠し持った刃物で刑吏に立ち向った。くノ一だと気づき、生き残った“初芽”の命を救って配下とする三成。更に、見物人の中で罵声を発した男が島左近だと気付いた三成は、後を追い、自分の家老になるよう懇願した。悪の参謀として嫌われている三成だが、三成自身は不義を嫌い、秀吉が若かりし頃に抱いていた正義の道を貫くことを目指していた。

慶長3年、秀吉が亡くなった。権力拡大の為に諸大名と親しく交流する徳川家康北政所淀殿や三成を嫌い家康に付いた。政所には、子供の頃から育てた加藤清正ら7名の譜代大名が付き従っていた。清正ら七将に急襲されて家康の屋敷に逃げ込み、保護される三成。伊賀の忍びである初芽は、各藩に潜入している仲間たちと情報を交換し、三成に注進を続けた。そんな初芽を愛おしく思う三成。会津藩の家老・直江兼続は三成と談合し、家康を挟み撃ちにする計略を授けた。会津が軍を整えていると知り、関東の諸藩に会津討伐を命じる家康。家康が関東で軍を整えている間に、三成は大谷刑部らと畿内で挙兵した。会津攻めを中止して反転し、関ヶ原西軍と対峙する家康の東軍

正義の戦いと信じて東軍を迎え撃つ三成。だが、激戦の中にあっても大名たちは両軍とも、戦況を伺い腹を探り合っていた.西軍で戦う覚悟の小早川秀秋。だが臣下たちは秀秋を羽交い締めにして東軍に寝返り、大谷刑部の軍に襲いかかった。追い詰められて腹を切る大谷刑部。勝利を確信して鬨の声を上げる東軍。三成は一人きりで戦場から脱出したが、数日後に追っ手に捕えられた。家康の入城した大津城の正門で晒される三成。自刃しなかったことを嘲笑う大名たち。謝罪する小早川秀秋に、秀秋ら親しい者たちの安堵を確かめる為に生きていたと語る三成。刑場に運ばれる三成を沿道から見送る初芽。「これぞ我が正義」と呟いて、三成は処刑された。

キャスト

主役と側近
  • 石田三成岡田准一
    本作の主人公。豊臣家五奉行。従五位下治部少輔。近江佐和山19万石。略称の「治部」とも呼ばれる。
  • 徳川家康役所広司
    本作のもう一人の主人公[5]。東軍の総大将。豊臣家五大老筆頭。正二位内大臣。武蔵江戸250万石(井伊の12万石ら家臣、忠吉の10万石ら一門の所領を含む)。豊臣政権下の最大諸侯。内大臣の通称である「内府」とも呼ばれる。
  • 初芽有村架純
    三成の愛妾。藤堂高虎の家臣の娘。
  • 島左近平岳大
    三成の腹心。諱は清興。元は筒井家の重臣。
  • 井伊直政北村有起哉
    家康の重臣。原作小説に比べ登場場面が多い[6]
  • 本多正信久保酎吉
    家康の側近。
豊臣家および不参加・内応
  • 豊臣秀吉滝藤賢一
    天下人。従一位前関白(太閤)太政大臣。直轄領・蔵入地で222万石のほか、三成ら子飼い大名を要地100万石余に封ず。本作映画では尾張言葉で話すことが多い。
  • 小早川秀秋東出昌大
    西軍だが寝返る豊臣一門。従三位権中納言・左衛門督。筑前名島30万石余。左衛門督の通称である「金吾」とも呼ばれる。
  • 前田利家西岡徳馬
    関ヶ原以前に死亡。豊臣家五大老。従二位権大納言。加賀金沢83万石(うち能登小丸山21万石は前田利政、越中守山32万石は利家の補佐のもと前田利長が統治)。
  • 北政所キムラ緑子
    秀吉の正室。
  • 淀殿:和田菜々
    秀吉の側室。豊臣秀頼の生母。
  • 一の台清水直子
    豊臣秀次の正室。
西軍主力
  • 上杉景勝辻本晃良
    家康の名目上の敵(西軍の在地大名筆頭格)。豊臣家五大老。従三位権中納言。会津若松120万石。豊臣・徳川に次ぐ大大名。
  • 直江兼続松山ケンイチ
    三成の盟友。上杉家家老。従五位下山城守。出羽置賜および陸奥の信達両郡30万石(直轄領は出羽米沢6万石)。石高は大名である三成より多い。
  • 宇喜多秀家生島翔
    西軍の戦場での大将格。豊臣家五大老。従三位権中納言。備前岡山57万石。豊臣秀吉の猶子。
  • 大谷刑部大場泰正
    左近や直江とともに三成を理解する親友。不治の病で顔を隠している。諱は吉継。従五位下刑部少輔。越前敦賀5万石。上杉景勝とも昵懇。
  • 島津惟新入道麿赤児[7]
    従四位下左近衛権少将・兵庫頭。薩摩鹿児島61万石(ただし、大隅富隈の島津義久がなお実権を握る)。西軍で戦場に最後まで残る。
  • 安国寺恵瓊春海四方
    毛利家の外交僧。
  • 長束正家猪熊恒和
    豊臣家五奉行。従四位下侍従・大蔵大輔。近江水口12万石。
  • 前田玄以川中健次郎
    豊臣家五奉行筆頭[要出典]。正四位下民部卿・法印。丹波亀山5万石。家康の会津攻めを批判し、西軍に属したにもかかわらず戦後処罰を免れる。
  • 小西行長鈴木壮麻
    西軍の主戦力。従五位下摂津守。肥後宇土21万石。
  • 毛利輝元山崎清介
    西軍の総大将。豊臣家五大老。従三位権中納言。安芸広島112万石(山口の毛利秀元・月山富田の吉川広家らを含む)。豊臣秀頼を守り大坂入城。映画では、極端に登場場面が少ない[8]
  • 増田長盛中村育二
    豊臣家五奉行。従五位下右衛門尉。大和郡山20万石。
東軍主力
  • 福島正則音尾琢真
    東軍の戦場における主戦力。従四位下侍従・左衛門尉[9]。尾張清洲20万石。映画では短気で滑稽な小物として、かなり矮小化されている[10]
  • 加藤清正松角洋平
    東軍の在地大名の主力。従五位下主計頭。肥後熊本24万石。
  • 黒田長政和田正人
    三成襲撃の七将。従五位下甲斐守。豊前中津12万石。
  • 浅野長政大西孝洋
    豊臣家五奉行。従五位下弾正少弼。甲斐甲府20万石(隠居料として武蔵府中1万石)。
  • 細川忠興関口晴雄[11]
    三成襲撃の七将。従四位下侍従・越中守。丹後田辺12万石。
  • 池田輝政齋賀正和
    三成襲撃の七将。従四位下侍従・武蔵守。三河吉田15万石。
  • 浅野幸長尾崎右宗
    三成襲撃の七将。従五位下左京大夫。五奉行である父の浅野長政に代わり甲府の領地を統治。
  • 加藤嘉明西原誠吾
    三成襲撃の七将。従五位下左馬助。伊予正木(松山)10万石。
  • 本多忠勝天乃大介
    徳川四天王。
  • 松平忠吉吉村界人
    徳川家康の四男。
忍者・陪臣・その他

スタッフ

製作

監督の原田眞人は1991年から映画化の構想を抱いており、当初は島左近を主役に考え、1998年には主役を小早川秀秋に変更していた[14]。2003年に『ラスト サムライ』に出演した際に目にした合戦シーンに触発されて「日本発の世界戦略時代劇」を作りたいと考えるようになり、主役を島津義弘に変更したが、最終的には小説と同じ石田三成を主役にすることになった[14]。主役の三成役には岡田准一がキャスティングされ、原田は製作を始めたことについて、「岡田さんが三成を演じられる年になるまで、ずっと待っていたから」と語っている[15]。撮影は京都府滋賀県長浜市などで行われた[16][17]。3,000人規模のエキストラや400頭の馬を動員し、東本願寺彦根城などの歴史的建造物を使用して撮影された[18]

地上波テレビ放送

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回数 テレビ局 番組名(放送枠名) 放送日 放送時間 放送分数 視聴率 備考
1テレビ朝日日曜プライム拡大版2019年6月2日21:00 - 23:33153分放送枠としては通常より28分後拡大。
20:58 - 21:00に『このあと日曜プライム』も別途放送(テレビ朝日のみ)。
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  • 視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。

受賞歴

特徴・印象など

  • 司馬原作にある宇喜多家の御家騒動(坂崎直盛、仲裁した榊原康政)、小山軍議(上杉政繁堀尾忠氏ら東軍に誘導する発言者。唯一、西軍参加を表明した田丸直昌)、岐阜城陥落(織田秀信)、東西両天秤(鍋島勝茂九鬼守隆津軽為信)、奥羽の諸侯(佐竹義宣伊達政宗)らの群像劇が割愛もしくは大幅に省略されている。
  • 登場する大名たちがみな非常に早口で喋るので、史実(特に関ヶ原や桃山時代)に疎い人には会話が分かりにくい(直江や石田が大きな地図で家臣たちに説明するが、画面からすぐに見えなくなる)。の動き(突くのではなく敵の槍と穂先を合わせる)が揃っていて美しい。監督の黒澤映画へのオマージュを感じる。などの印象が挙げられている。
  • 一方では、朝鮮人の砲撃隊が登場するなど史実にも原作にもない要素が盛り込まれ、「関ヶ原を題材としたフィクション映画」となっている。などの批評もある[22]
  • 徳川軍が関ケ原に進軍するときの貝は、当山派修験の貝で井川等視の演奏。

脚注

外部リンク

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