河内山哲朗
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山口県柳井市生まれ。広島大学附属高等学校を経て1981年、早稲田大学法学部卒業。早大卒業後、松下幸之助が設立した松下政経塾に入塾(第2期生)。松下政経塾を卒塾後は同塾の運営スタッフを務める。
1992年、松下政経塾を退職し、翌年の柳井市長選挙に出馬するため帰郷。1993年、柳井市長選に無所属で出馬し、初当選を果たす。当時、全国最年少の市長であった。以後、4期16年にわたり柳井市長を務める。
2005年2月21日、柳井市、大畠町が合併し、新しい柳井市が誕生。合併により市長を失職するが、新柳井市の市長に無投票で選出される。
2009年の柳井市長選挙にも一旦出馬を表明するが、体調不良の妻の看護に専念するため出馬を取り止め、市長選では平岡秀夫衆議院議員の元秘書、井原健太郎を支持。井原は自由民主党山口県連の長谷川忠男前幹事長を破り、当選を果たした。2009年3月に市長を退任。2009年6月、国民健康保険中央会顧問に就任。
2010年12月、社会保険診療報酬支払基金理事長に就任した。