河瀨直美

日本の女性映画監督 From Wikipedia, the free encyclopedia

河瀨 直美(かわせ なおみ、1969年5月30日 - )は、日本映画監督奈良県奈良市出身・在住。平城遷都1300年記念事業協会評議員。なら国際映画祭エグゼクティブディレクターを務める。メディア等では河瀬 直美とも表記される。

生年月日 (1969-05-30) 1969年5月30日(57歳)
配偶者 仙頭武則1997年 - 2000年
概要 かわせ なおみ 河瀨 直美, 生年月日 ...
かわせ なおみ
河瀨 直美
河瀨 直美
第23回 東京国際映画祭(2010年)
生年月日 (1969-05-30) 1969年5月30日(57歳)
出身地 日本の旗 日本奈良県奈良市
職業 映画監督脚本家
配偶者 仙頭武則1997年 - 2000年
公式サイト www.kawasenaomi.com
主な作品
萌の朱雀』(1997年)
殯の森』(2007年)
あん』(2015年)
』(2017年)
朝が来る』(2020年)
受賞
カンヌ国際映画祭
グランプリ
2007年殯の森
カメラ・ドール
1997年萌の朱雀
エキュメニカル審査員賞
2017年
金の馬車賞フランス語版
2009年
東京国際映画祭
最優秀女優賞
2025年恒星の向こう側英語版
その他の賞
芸術選奨
文部大臣新人賞
1997年萌の朱雀
テンプレートを表示
閉じる

経歴

奈良県奈良市紀寺町出身。奈良市立一条高等学校卒業。中学時代にバスケットボールを始め、高校在学中はバスケットボール部キャプテンとして国体出場経験を持つ。大阪写真専門学校映画科卒業後、同校の講師を務めながら、8mm作品『につつまれて』(山形国際ドキュメンタリー映画祭国際批評家連盟賞特別賞受賞)や『かたつもり』(山形国際ドキュメンタリー映画祭奨励賞受賞)を制作し注目を集める。実父と生き別れ実母とも離別し、母方の祖母の姉に育てられた自らの特殊な境遇から制作された作品の独自性が評価されたものだった[要出典]1996年に退職、奈良に個人事務所兼制作プロダクション「有限会社組画」を設立[1]1997年、初の35mm作品であると同時に最初の商業作品として制作された『萌の朱雀』にて、第50回カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少(27歳)で受賞。また芸術選奨新人賞受賞。その直後に同作品のプロデューサーを務めた仙頭武則と結婚し、活動も「仙頭直美」名義となったが、のちに離婚し河瀨姓に戻した。再婚後の2004年に第1子(長男)を出産。2007年第60回カンヌ国際映画祭にて『殯の森』がグランプリを受賞[2]。同作品は劇場公開前の2007年5月29日(グランプリ受賞の2日後)にNHK BS-hiの『ハイビジョン特集』にて放送された[3][注 1]。また、同賞を受け、奈良県民栄誉賞を受賞[4]。同年10月には山形国際ドキュメンタリー映画祭のインターナショナル・コンペティション部門で『垂乳女』が特別賞を受賞した[5]

2009年第62回カンヌ国際映画祭で、映画祭に貢献した監督に贈られる「金の馬車賞フランス語版」を、女性アジア人として初めて受賞した[6]2013年第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の審査員に選出[7]。日本人では、1996年デザイナー石岡瑛子が務めて以来、17年ぶり。映画監督では初。2014年、第12回ウラジオストク国際映画祭にて『2つ目の窓』がグランプリ(Best Feature Award)を受賞[8]2015年、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を、日本人女性映画監督として初めて受章[7][9]。同年、『あん』が第68回カンヌ国際映画祭ある視点」部門のオープニング作品に決まる[10]2016年第69回カンヌ国際映画祭の短編コンペティション部門と、学生作品を対象としたシネフォンダシオン部門の審査委員長に就任[11]2017年、『』が第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、エキュメニカル審査員賞を受賞した[12]。同部門での受賞は日本人女性監督としては、初の受賞となった[13]

2018年10月、2020年東京オリンピックの公式記録映画の監督を務めることが決まった[14]2020年7月13日、2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーに就任[15]シニアアドバイザーも兼務[16]2021年6月4日、バスケットボール女子日本リーグ会長就任[17][18]。地元の男子プロバスケットボールクラブであるバンビシャス奈良のファンクラブ名誉会員でもある[19]。同年11月26日、日本女性初の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の親善大使に就任した[19][20]。同年12月10日、国際芸術祭「あいち2022」のアンバサダーに就任した[21]2022年4月12日、日本武道館で行われた東京大学の入学式で来賓として祝辞を述べた[22]。同年5月、2020年東京オリンピックの公式記録映画が第75回カンヌ国際映画祭で上映された[23]。同年5月30日、フランス政府より芸術文化勲章 オフィシエ章を授与された[24][25]2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)に河瀨直美シグネチャーパビリオン「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」がオープン。

監督作品

ドキュメンタリー

  • 私が強く興味をもったものを大きくFixできりとる(1988年、5分)[注 2]
  • 私が生き生きと関わっていこうとする事物の具体化(1988年、5分)
  • My-J-W-F(1988年、10分)
  • パパのソフトクリーム(1988年、5分)[注 3]
  • たったひとりの家族(10分)[注 4]
  • 小さな大きさ(1989年、10分)
  • 今、(1989年、5分)
  • 女神たちのパン(1990年、10分)[注 5]
  • 幸福モドキ(1991年、20分)
  • につつまれて(1992年、40分)監督・撮影・編集[注 6]
  • 白い月(1993年、55分)監督・脚本・撮影・編集
  • かたつもり(1994年、40分)監督・撮影・編集[注 7]
  • 天、見たけ(1995年、10分)監督・撮影・編集[注 8]
  • 風の記憶(1995年、30分)
  • 陽は傾ぶき(1996年、45分)監督・撮影・編集[注 9]
  • 現しよ(往復書簡 河瀨直美×是枝裕和)(1996年、60分)[注 10]
  • 杣人物語(そまうどものがたり)(1997年、73分)監督・撮影・編集
  • 万華鏡(1999年、90分)監督・撮影・編集
  • きゃからばあ(2001年、50分)監督・撮影・編集[注 11]
  • 追臆のダンス(2002年、65分)監督・撮影・編集
  • 影-Shadow(2004年、26分)監督
  • 垂乳女〜TARACHIME〜(2006年、43分)監督・撮影・編集
  • 玄牝 -げんぴん-(2010年、92分)監督・撮影・構成
  • (2012年、45分)監督・撮影・編集
  • 東京2020オリンピック (映画) SIDE:A(2022年、120分)[26]
    • 東京2020 オリンピック SIDE:B(2022年、123分)

映画

  • 萌の朱雀(1997年、95分)監督・脚本
  • 火垂英語版(2000年、164分)[27][28]
  • 沙羅双樹(2003年、99分)監督・脚本
  • 殯の森(2007年、97分、日仏合作)監督・脚本・プロデュース
  • 七夜待(2008年、90分)監督・脚本・編集
  • 朱花の月(2011年、91分)監督・脚本・撮影
  • 2つ目の窓(2014年、120分)監督・脚本・プロデュース
  • あん(2015年、113分)監督・脚本
  • (2017年、101分)監督・脚本[29]
  • Vision英語版(2018年、110分)監督・脚本
  • 朝が来る(2020年、139分)監督・脚本・撮影
  • たしかにあった幻英語版(2026年、115分)[30]

短編映画

インターネットムービー

  • 主人公は君だ!(2007年)
  • つながりゆくもの(2009年)
  • Miu Miuショートフィルムプロジェクト・女性たちの物語「SEED」(2016年)[32]

プロモーション・ビデオ

  • ニッポンアーカイブス[33][34]
    • 美しき日本・奈良(2010年 - 2024年)監督・ナレーション[35][36]
    • 美しき日本・宮崎(2013年 - 2014年)監督・ナレーション[37][38][39][40][41]

ミュージック・ビデオ

プロデュース作品

出演作品

映画

テレビドラマ

テレビ番組

ラジオ番組

受賞歴

ドキュメンタリー
  • につつまれて(1992年)
  • かたつもり(1994年)
    • 1995年 山形国際ドキュメンタリー映画祭 奨励賞[43]
  • 杣人物語(そまうどものがたり)(1997年)
    • 1999年 二ヨン国際ドキュメンタリー映画祭英語版 特別賞(Special Mention Prize)
  • 玄牝 -げんぴん-(2010年)
映画
個人

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI