浮谷
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歴史
もとは江戸期より存在した武蔵国埼玉郡岩槻領に属する浮谷村であった[6]。古くは箕輪郷騎西荘に属していたと云われている。村高は正保年間の『武蔵国田園簿』では878石余(田506石余、畑372町余)、『元禄郷帳』では880石余、『天保郷帳』では883石余であった[6]。村の規模は東西、南北とも14、5町で[7]、化政期の世帯数は不詳であるが、1680年(延宝8年)では世帯数58軒で人口289人であった[6]。綾瀬川右岸側に位置する宮下村(現在の見沼区の東宮下)に飛地を領していた。
- 初めは岩槻藩領、1756年(宝暦6年)より幕府領となる[6]。なお、検地は1632年(寛永9年)に実施。
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にり、加倉村・柏崎村・横根村・谷下村・浮谷村・真福寺村が合併し、柏崎村が成立。柏崎村の大字浮谷となる。
- 1928年(昭和3年)12月25日 - 武州鉄道の岩槻駅 - 武州大門駅間が延伸開業、地区内に浮谷駅が開設される。
- 1938年(昭和13年)9月3日 - 武州鉄道が廃止される。
- 1954年(昭和29年)
- 1970年(昭和45年)3月 - 地区の北西部を通る国道122号の岩槻鳩ヶ谷バイパスが開通する。
- 1972年(昭和47年)11月13日 - 地区の北西部を通る東北自動車道が開通する。
- 1994年(平成6年) - 地内に目白大学の岩槻キャンパス(現・さいたま岩槻キャンパス)が開設される[9]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 岩槻市がさいたま市に編入合併され、さいたま市岩槻区の大字となる。
小字
- 松葉・石神・八幡・捻橋・寺家・観音・原・川際[10]
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[11]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 1 - 2811 | さいたま市立柏崎小学校 | さいたま市立柏陽中学校 |
| 2812以降 | さいたま市立城南小学校 |