馬込 (さいたま市)
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歴史
もとは江戸期より存在した埼玉郡岩槻領に属する馬込村、古くは戦国期より見出せる埼玉郡のうちの馬籠であった[5]。
- 初めは岩槻藩領、1756年(宝暦6年)より幕府領[5]。検地は1628年(寛永5年)に実施[6]。
- 幕末の時点では埼玉郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、岩槻藩領[7]。
- 1871年(明治4年)
- 1875年(明治8年):満蔵寺を仮用して馬込学校(現・さいたま市立河合小学校)が開設される[5]。
- 1879年(明治12年)3月17日:郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日:町村制施行により、掛、金重、本宿、箕輪、馬込、川島、平林寺の7箇村新田が合併し、河合村が成立[5]。河合村の大字馬込となる。
- 1924年(大正13年)10月19日:地内に武州鉄道が開業する。
- 1931年(昭和6年)2月1日:地内に武州鉄道の馬込駅が開設される。
- 1938年(昭和13年)9月3日:地内の武州鉄道および馬込駅が廃止される。
- 1954年(昭和29年)
- 1956年(昭和31年)1月1日:岩槻市の一部(大字川島および大字馬込の一部)が分離され、蓮田町に編入される[8][5]。
- 2005年(平成17年)4月1日:岩槻市がさいたま市に編入合併され、同市岩槻区の大字となる。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下のとおりとなる[10]。
| 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | さいたま市立河合小学校 | さいたま市立城北中学校 |