加倉 (さいたま市)
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地価
歴史
もとは江戸期より存在した埼玉郡岩槻領に属する加倉村、古くは戦国期より見出せる埼玉郡のうちの加倉であった[5]。斎藤勘解由之盛が天文年間(1532年 - 1555年)に開発したと伝えられている[5]。
- 初めは岩槻藩領、以降変遷なし[5]。
- 幕末の時点では埼玉郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、岩槻藩領[6]。
- 1871年(明治4年)
- 1879年(明治12年)3月17日:郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日:町村制施行により、加倉・柏崎・横根・谷下・浮谷及び真福寺の6箇村が合併し柏崎村が成立。柏崎村の大字加倉となる[5]。
- 1954年(昭和29年)
- 1965年(昭和40年)12月1日:住居表示実施により、大字加倉の一部が本町一丁目の一部となる。
- 1966年(昭和41年)10月1日:住居表示実施に伴い、大字加倉・大字岩槻・大字柏崎の各一部から東町一丁目・二丁目が成立[9]。
- 1985年(昭和60年)7月10日:一部が大字岩槻の一部とともに大宮市に編入される。現在のさいたま市見沼区宮ヶ谷塔一丁目 - 三丁目の一部[10]。
- 1990年(平成2年)10月1日:一部から加倉一丁目 - 四丁目が成立。また、一部が並木一丁目・二丁目の各一部となる。
- 1991年(平成3年)10月7日:大字加倉の一部から加倉五丁目および原町が成立。
- 2005年(平成17年)4月1日:岩槻市がさいたま市に編入され、同市岩槻区の町丁および大字となる。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下のとおりとなる[11]。
| 大字・丁目 | 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 加倉 | 1 - 1504番地 1936 - 7749番地 |
さいたま市立柏崎小学校 | さいたま市立柏陽中学校 |
| 1524 - 1718番地 | さいたま市立西原小学校 | さいたま市立西原中学校 | |
| 加倉一丁目 | 全域 | ||
| 加倉二丁目 | 全域 | ||
| 加倉三丁目 | 全域 | ||
| 加倉四丁目 | 1番1号 - 4番 15番1号 - 33番 | ||
| 5番1号 - 14番 | さいたま市立太田小学校 | さいたま市立岩槻中学校 | |
| 加倉五丁目 | 全域 | さいたま市立柏崎小学校 | さいたま市立柏陽中学校 |
交通
寺社・史跡
施設
脚注
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
- 旧高旧領取調帳データベース
