高曽根
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歴史
もとは江戸期より存在した埼玉郡岩槻領に属する高曽根村であった[4]。
- はじめは岩槻藩領、1756年(宝暦6年)より幕府領となる[4]。なお、検地は寛永6年に実施[5]。
- 1871年(明治4年) 11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1873年(明治6年) - 高曽根学校(現さいたま市立新和小学校)を開設する[4]。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により尾ヶ崎、釣上、野島方、孫十郎、高曽根、末田、尾ヶ崎新田、釣上新田の6箇村2新田が合併し、新和村が成立。新和村の大字高曽根となる[4]。
- 1954年(昭和29年)5月3日 - 新和村が岩槻町、川通村、和土村、柏崎村、河合村、慈恩寺村と合併し、岩槻町が成立[6]。岩槻町の大字となる。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 岩槻町が市制施行し、岩槻市となる[6]。岩槻市の大字となる。
- 2005年(平成17年)4月1日 – 岩槻市がさいたま市と合併し、さいたま市岩槻区の大字となる。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[7]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | さいたま市立新和小学校 | さいたま市立城南中学校 |